第二十話 回る赤色灯
「救急車! 早く、救急車を呼べ!!」
怒号や悲鳴が飛び交い、通行人やビルの住人が次々と集まり、倒れ伏す二人の少女を取り囲む壁となっていく。だが、その狂騒の中心で、雨宮玲だけが異質な静寂の中にいた。
「友香……友香……なんで……どうして……」
玲は膝をつき、壊れ物を扱うような手つきで、ずっと友香の肩を支えていた。その声は、消え入りそうなほどに弱々しく震えている。
やがて、赤色灯を激しく回転させた救急車が滑り込んできた。降りてきた救急隊員たちが、手際よく二人の容態を確認し、ストレッチャーへと乗せていく。
「私も……私も行く……!」
玲はふらつく足取りで、友香が運び込まれた車内へ乗り込もうとした。友香を一人にはさせない。その思いが強く溢れた。
だが、救急隊員の手が、無情にも玲の肩を押し戻した。
「ダメだ、君は乗れない! 負傷者が二人だ、スペースがないんだ」
隊員の言葉は短く、断固としていた。重傷者が二名という緊急事態に、部外者が同乗する余地など一寸もなかった。
「でも、私がいないと……友香が……」
玲は力なく立ち尽くした。救急車のドアが閉められようとした直前、彼女は手に握りしめていたものに気づいた。地面に落ちていた、友香のスマートフォンだ。
「これ……友香のスマホ!」
玲は震える手で、それを隊員に差し出した。
「……わかった。君は後で、警察の指示に従うように」
バタン、と重い音を立ててドアが閉められた。
再びサイレンがけたたましく鳴り響き、救急車は夜の帳の中へと走り出した。玲は、血の付いた制服のまま、一人取り残された。
遠ざかっていく赤い尾灯。玲は、その光が見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも、そこから動かずに救急車の行方を見つめ続けていた。
やがて、現場に到着した警察官が、血まみれで立ち尽くす玲を見つける。そして、周囲の野次馬から隠すようにパトカーへと誘導した。
「君、大丈夫?ショックだったよね。ちょっと顔色が悪いし、ここでは何だから、一度署へ行って話を聞かせてもらえるかな。お友達の搬送先は、後で必ず教えるから」
玲は抵抗する気力もなく、言われるがまま車に乗り込んだ。
警察での事情聴取は、一時間ほどで解放された。玲は警察署を出ると、タクシーを拾い、そのまま友香が運び込まれた病院へと直行した
すでに夜の静寂が訪れ始めたロビーには、まだ数人の急患や付き添いの家族が残っていた。彼ら、そして受付の看護師たちは、現れた少女の姿に一様に息を呑んだ。
白い制服の肩から袖、そしてスカートの裾にかけて、赤い染みが大きく滲んだその凄惨な姿で、玲は幽霊のように受付へ歩み寄った。ギョッとして固まる看護師を、焦点の定まらない瞳で見据え、問いかける。
「汐見友香は、どこですか……?」と。
教えられた手術室の前。扉の上に掲げられた「手術中」の赤いランプが、冷たく、そして執拗に点灯し続けていた。
玲は病室に一番近い、緑色のベンチの端に腰を下ろした。背中を丸め、両肘を膝に置き、血だらけの手で顔を覆う。
「あかり、友香の容体は?」
顔を隠したまま、玲は掠れた声で問いかけた。
「わからない、病院の中までは覗けないから……」
隣に座るあかりの声が、玲の耳元で静かに響く。
「だよね……」
玲は力なく呟く。しばらくの沈黙の後、ため息をつきながら、もう一度口を開いた。
「私さ……あかりがいれば、あかりと私なら何でもできる様な気がしてた。友香の問題も全部、全部解決できるって思ってた。でも……」
玲は、膝の上に置いた自分の手を見つめる。
「現実って厳しいみたいだ……」
爪の間にまで入り込んだ友香の血が、病院の照明の下で生々しく光っている。
「玲ちゃんでも……そう感じる時があるんだね。らしく……ないね」
あかりの声には、迷子を慈しむような優しさがあった。




