第十九話 余韻の終わりに……
「でもさ、アイツ、かなりショックデカかったんかな?今日も来てないな。」
田中が頬杖を突きながら、空いている席をみつめる。瑞希は大会以降、一度も出席していなかった。
SNSでは、友香達とは逆に「堕ちた女王」「下剋上」「格下に負けてて草」等の心ないコメントと共に瑞希を中傷する動画が拡散されていた。
「……まあ、仕方ない……よね?あれだけ大見得切って、派手に負けたんだから」
佐藤は腫れが引き始めた頬を指でなぞりながら、どこか他人事のように言い放った。
「なんか、グループチャットもSNSのアカウントも全部削除しちゃったらしいぜ。フォロワー多かったのにな……もったいない」
かつては瑞希の顔色を伺い、その支配下で息を潜めていた彼女たちの口から出るのは、もはや同情ではなく、「終わった存在」への冷ややかな総括だった。
つい数日前までこのクラスを支配していた「女王のご機嫌取り」という重圧は霧散し、瑞希を頂点としたスクールカースト制度も、そのネットワークとともに完全に崩壊していた。
取り巻きとして友香を無視していたクラスのハンドボール部女子たち。彼女らも決勝を戦った今では「雨宮の隣にいる友香」に、ごく自然な笑顔でノートの貸し借りを頼みに来る。瑞希の存在は、まるで最初からいなかったかのように、急速に忘れ去られつつあった。
それからしばらくは、皮肉なほどに穏やかで、何事もない学校生活が続いた。
ある日の放課後。玲はいつものように友香と並んで帰ろうとしたが、昇降口で担任の大谷に呼び止められた。
「あ、そうだ。友香、先に行ってて。先生に頼まれてたクラス全員分のワークブック、職員室に運ぶの忘れてた。五分もかからないで終わるから、すぐ追いつくよ」
「……うん、わかった。駅の方までゆっくり歩いてるね」
友香は小さく頷き、一人で校門の方へと歩き出した。玲は手早くその教材を職員室へ運び、すぐに友香の跡を追って駆け出した。
駅へと続く商店街の角を曲がった時、前方に友香の背中が見えた。
「友香!」
声をかけようとして、玲は足を止めた。友香はスマホを耳に当て、誰かと通話しているようだった。しかし、その様子は明らかにおかしかった。必死の形相で辺りを右往左往し、何かに怯えるように、あるいは何かを探すように、震える足取りで彷徨っている。
「友香……?」
玲の困惑をよそに、友香は突然、弾かれたように走り出した。
「待って、友香!」
呼び止めようと玲も走り出す。すると、友香はある時点で不自然に急停止し、吸い寄せられるように上方を仰ぎ見た。玲もつられてそっちを向く。
夕闇が迫る空の下、道沿いに建つ雑居ビルの屋上の縁に、一人の人影が立っていた。
玲が目を凝らしてよく見ると、それは紛れもなく、一週間以上姿を見せていなかった水谷瑞希だった。
遠目からでもわかるほど、彼女は魂が抜けたような無機質な表情で、眼下の喧騒を見下ろしていた。
玲が一度、瞬きをした瞬間。
そこに瑞希の姿は、もう無かった。
「ダメえええ!」
友香は叫ぶと、スマホを捨て、もう一度走り出す。
「友香っ!」
玲の叫びもむなしく、友香はそのまま振り返らなかった。
ドッジボールで、高く舞い上がったボールを必死に追いかけたあの時のように、友香は落下してくる瑞希の真下に立ち、ただ一点を見つめて両腕を広げた
そして、凄まじい衝突音が響き渡った。
「友香あああああああああああーーーーー!!!!!!!!!!」
絶叫し、駆け寄った玲の目に飛び込んできたのは、倒れている二人の少女の姿だった。玲は半狂乱になり、ぐったりとした友香を抱きかかえる。白かった友香のブラウスが、急速にどす黒い赤に染まっていく。玲の制服も、彼女から溢れ出す温かい血で滲んでいった。




