第十八話 キスアンドクライ
勝利が確定したと同時に、玲が誰よりも速く友香の元へ駆け寄った。
「やった……やったよ、友香!すごかった、本当にすごかった!」
玲は歓喜に顔を輝かせ、興奮を抑えきれない様子で友香を強く抱きしめた。それに続くように、外野から田中が「っしゃああああ!」と雄叫びを上げて飛び込んでくる。さらに、先ほど足を負傷して戦線を離脱した佐藤も、反対の足でピョンピョンと跳ねるような足取りで駆けつけた。
「友香、あんた……マジでやりやがったね……!」
腫れ上がった頬を歪めながらも、佐藤の瞳には達成感が宿っている。伊藤と鈴木も合流し、寄せ集めチームの六人はコートの中央でもみくちゃになりながら勝利を分かち合った。
玲が友香の体を軽々と持ち上げると、ギャラリーが更に湧き、その瞬間を撮ろうとスマホのフラッシュが続々と瞬いた。
体育祭は全ての種目を終え、体育館で表彰式が行われた。
「女子ドッジボール二年の部、第一位。二組、Bチーム」
マイクで呼ばれ、友香たち六人は壇上へと上がった。田中に支えられた佐藤が階段を上りきると、校長から賞状が手渡された。スポーツでこれほどまでに肯定され、喝采を浴びる経験は友香にとって人生で初めてのことだった。
「……すごい、本当に取っちゃったんだね」
友香は隣に立つ玲と顔を見合わせ、こぼれ落ちるような笑顔で笑い合った。田中が誇らしげに胸を張り、佐藤が照れくさそうに頭をかく。
一方、壇上に上がってはいるものの、瑞希に二位を喜ぶ気配は微塵もなかった。彼女は一度も顔を上げず、ヘアピンを外した前髪で表情を完全に隠すようにして、ただひたすらに深くうつむいていた。
ドッジボール大会から数日が経過した教室は、以前とは打って変わった平穏と、かすかな熱を帯びていた。休み時間の喧騒の中、友香の席の周りには玲、田中、佐藤の三人が集まり、もはやクラスの新しい中心地のような光景を作り出していた。田中が身振り手振りを交えて興奮気味にまくしたてる。
「いやマジで、あのアンダースローは神がかってたって! 今思い出しても鳥肌立つわ!」
「……まだ言ってる。あんた、それ今日で五回目だよ」
佐藤が呆れたように溜息をついたが、その表情には以前のような刺々《とげとげ》しさはなかった。田中はあの劇的な勝利の余韻から抜け出せない様子で、特に玲の立てた作戦が瑞希の用意周到な「データ」をことごとく粉砕したことに、一種の心酔に近い感情を抱いているようだった。
「ほんと、一時はどうなることかと思った。もしあそこで優勝してなかったら……今ごろ私たち、どうなってたかわからないね」
佐藤の言葉に、他の三人も感慨深げな表情を見せる。
ドッジボール大会の直後、田中と佐藤は「女王」瑞希のグループチャットを強制的に退会させられていた。本来ならそれは、このクラスにおける「社会的死」を意味するはずだった。しかし、結論から言えば、彼女たちが負ったダメージは驚くほど少なかった。
理由は明白だった。絶対的な優勝候補だった瑞希のチームを打ち破ったという「ジャイアント・キリング」のストーリーが、全校生徒の関心を一気に彼女たちへと引き寄せたのだ。
特に決勝戦でのSNSのショート動画は拡散され、瑞希の影響力が及ばない他クラスの生徒たちからも、「あのドッジの寄せ集めチーム」として一目を置かれるようになり、彼女たちの新しい居場所が確立されつつあった。
そして何より、雨宮玲という存在が強烈なインパクトとともに知れ渡ったことが大きかった。初戦の、空中でボールをキャッチし、即座に強力なシュートを放つスタイルは瞬く間に拡散され、某スポーツ選手に因んで「エアー・レイ」とまで呼ばれた。
「今日もまた勧誘来てたって?バレー部とバスケ部のキャプテン、雨宮のこと待ち伏せしてたでしょ?」
情報通の佐藤が指摘した通り、二年生の後半という時期にもかかわらず、玲のもとには体育祭での驚異的な身体能力に目をつけた部活からの勧誘が相次いでいた。ハンドボール部でさえ、瑞希とのいざこざを知りつつも、玲に助っ人を頼もうと画策しているという噂まである。
「興味ない。部活に入ったら、友香と一緒にいられる時間が減っちゃうでしょ?」
玲は当たり前のような顔をして、隣に座る友香の腕をそっと引き寄せた。
あの日以来、友香にもクラス中から「肯定的な視線」が向けられていた。ショート動画では、友香が瑞希をアンダースローで沈める瞬間も拡散され、他学年にも「動画見ました!」と駆け寄られる始末だった。
かつての事を思うと、自分を取り囲んでいるこの状況に、まだ現実味を持てていない様だった。




