第十六話 託されたボール
あれほど完璧に動き、自分を守り続けてくれた「最強の盾」が、あまりにもあっけなく、不自然な形で、その役目を終えた。
玲がゆっくりと起き上がる。
沸き立っていたギャラリーも、まるで水を打ったように静まり返る。
ボールを投げた瑞希自身、何が起きたのか理解できず、フォームを維持したまま呆然としている。無敵にも思えた玲が、あんなにもあっさりと、まるで自分から当たりにいったかのように「アウト」になった。
その光景が、誰の思考をも置いてきぼりにしている。
そんな異様な空気の中で、おそらくただ一人、玲だけが一点の曇くもりもない満面の笑みを浮かべていた。
「友香……」
玲は足元に力なく転がったボールを静かに拾い上げると、それを友香の両手にそっと託した。
「瑞希は、友香がやっつけるんだ……」
「え……?」
友香は玲を見つめる。しかし、何を言っていいかわからない。
玲は、そんな友香の困惑をよそに話し続ける。
「練習したこと、覚えてるよね?」
玲は柔らかい眼差まなざしで友香に聞いた。
「うん……」
「じゃあ大丈夫!ぶちかませ、友香!」
親指をグッと上げて、玲はその場を離れた。
軽かろやかな足取りで外野へと歩き出した玲は、相手コートに向けて叫んだ。
「瑞希!」
突き刺す様な視線で、キッと振り向いた瑞希に、玲はいたずらっぽい声を出す。
「友香から逃げんなよ〜!」
そう挑発的にいうと、外野エリアに入っていった。
玲が、その外野の境界線を越えた瞬間、待ち構えていた田中がその肩を掴み、激しい勢いで詰め寄った。
「雨宮……お前わざとアウトになっただろ! 友香を一人残して、一体どうするつもりだ!」
田中の声は怒りに震えていた。友香を気遣きづかうがゆえの詰問きつもん。そして勝利を目前にした、放棄にも近い玲の対応への嫌悪。
しかし、玲はそんな田中の剣幕けんまくを柳やなぎに風かぜとばかりに受け流し、どこか遠くを見つめるような瞳で答えた。
「……私が瑞希に勝っても、意味がないの」
「は?」
玲の言葉に、田中が言葉を失う。
「私、最初に言ったよね。ラスボスは友香が倒すって」
田中が戸惑いつつも言い返す。
「確かに言った、それは覚えてる。でも実際問題、友香と瑞希の実力は雲泥うんでいの差だろ!」
玲は表情一つ変えず、淡々と答える。
「瑞希はさ……すっごい用意周到よういしゅうとうなんだよ」
「はあ?」
「だからこそ、傷つきやすく、そして脆もろい」
「どういう事だ?」
話の要点をつかみきれない田中。玲はコートにいる瑞希を冷徹に見据みすえたまま続けた。
「体育祭の前にさ、何回かドッジボールの練習時間があったじゃない? あの時、二年生だけじゃなくて、一年生が数人、二階のギャラリーにいたの知ってる?」
「いや、全然気付かなかった」
「みんな瑞希の後輩だよ。瑞希さ、あの子たちを使って出場選手の練習風景をずっと撮影させてたんだよ。スマホで。あらゆる方向から」
「え、全員のか?」
「そう、全員分」
「じゃあ、アタシらの練習も?」
「もちろん撮られてた。ハンドボールの大会でも、きっとああやって偵察ていさつするんだろうね。」
「あ、雨宮、お前……知っててずっと撮らせてたのか?」
「うん、だから瑞希は試合開始前から、ポッピンのパワフルさもシュガーの機敏きびんさのことも知ってたし、警戒してた。グループチャットを今日いきなり退会させたのも、少しでもポッピン達のマインドを崩したかったからだよ。まあ、結果的には二人に火をつけただけだったけど」
田中は、納得した部分はありつつも、それでも玲が何を言いたいのかわからず、なお食い下がる。
「そこまではわかったけどよ。この最後の最後で友香を残すことに繋つながらないだろ。瑞希が練習見てたならなおさらだ。友香、練習でもまともに投げられてなかっただろ!」
玲はわずかに微笑み、確信に満ちた瞳で田中の言葉に頷うなずいた。
「ポッピンでもそう思うなら、瑞希だってそう思うよね。だからさ私、二つ、ある仕掛けをしたんだよね……」




