第十五話 救世主
「友香!」
玲は、すぐさま反転して床を蹴った。
本来の身体能力を限界まで引き出し、敵と友香の間に体ごと飛び込む。ボールには辛うじて届いたが、キャッチは到底できない。
玲は突き出した腕で、弾丸のような衝撃を強引に上空へと弾き飛ばした。
玲はそのまま体ごと地面に崩れ落ちる。すぐに起き上がろうとするが、できない。
玲の腕から弾かれたボールは、勢いをつけ真上に上昇し、体育館の屋根スレスレまで高く舞い上がる。そして重力に従い、スローモーションのようにコートへと落ちて来る。
「やった!」
アウトを確信した瑞希が思わず口にする。
誰もが息を呑んだ。このままボールが地面を叩けば、玲のアウトが確定する。
今、玲を失えば、友香はたった一人で瑞希たちと対峙しなければならない。まさに万事休すと思われた、その時だった。
落下地点の真下へと、震える足で滑り込んだのは友香だった。必死に両腕を広げ、ボールが来るのを待っている。
「取れる!絶対取れる!!友香ああああ!!!」
佐藤がコート外から精一杯叫ぶ。
ボールはついに友香の目の前へ。重力が加算された重い衝撃が胸元を襲う。
友香は顔を歪めながらも、そのボールを逃さじと力一杯抱きしめた。
パシッ!
そして……一瞬の沈黙。
「セーフ、セーフだよな……?セーフだああああああ!!!」
外野の境界線から田中の絶叫が響き、佐藤もまた両腕を上げて
「キャーったぁ!」と悲鳴にも歓喜にも似た声を上げた。
ギャラリーからも地鳴りのような歓声が沸き起こる。
「ありがと、さすが私の友香!……本当に、助かった」
立ち上がった玲は、荒い息をつく友香の肩を優しく叩いた。
「どうなるかと思ったけど、つかめて良かった……」
友香は玲にボールを渡す。ボールを受け取った玲は、鋭い視線を相手正面へ向けた。
対峙するのは、怒りに顔を歪ませた瑞希と、その隣で緊張気味の最後の一人の味方。玲は瑞希を真っ向から睨みつけ、腕を大きくしならせる。瑞希がその投球に備え、身構えた瞬間だった。
玲の放った一撃は、瑞希を掠めるような軌道から大幅に変化し、隣の部員を強襲した。
「えっ……!?」
予想を超えた弾道に、不意を突かれた部員が慌てて腕を出す。しかし、ボールには凄まじいまでの回転が加えられていた。部員の腕に当たったボールは激しく弾け、無慈悲に床へと転がった。
「アウトォッ!!」
審判の声が響く。これで、最強チームに残ったのはついに水谷瑞希、ただ一人となった。
「あと一人! あと一人だあああああ!!!」
外野から田中の、ボルテージを上げた咆哮が体育館の空気を熱く震わせる。ギャラリーの興奮は今も続いており、その多くの視線が瑞希一人に突き刺さる。
追い詰められた女王、瑞希は、汗に濡れた前髪を振り払い、玲を激しくねめつける。その瞳には、自分に屈辱を与えた玲への、どす黒い殺意が宿っている。
——あんただけは、あんただけは絶対に許さない!
言葉にしなくても、そう言っているのがわかった。
瑞希は床に転がるボールをひったくるように拾い上げると、上半身をしならせ、これまでの人生で一度も出したことのないような、全身全霊の力でボールを投げ放った。
真っ向から突き進む、死神のような一撃。
誰もが、玲がそれを華麗に回避するか、あるいは正面からキャッチして瑞希を絶望させるのだと思っていた。だが、玲は一歩も動かなかった。
逃げる素振りも、受ける構えも見せない。ただ無機質な、心ももはや、そこに無いかの様な瞳で、迫りくる衝撃を受け入れた。
バシィィーーーンッ!!
重い衝撃音が辺り一面に響く。当たった衝撃で玲の体が吹き飛ぶ、ボールは床でもの凄い回転を続け、やがて止まった。
「……え?」
田中の叫びも止まった。佐藤も、両頬を押さえ呆然と目を見開く。そして、誰よりも玲を信じていた友香が、その場に凍りついた。




