第十四話 翻弄トリック
「佐藤さん、本当に、本当にごめんね……。私を庇って、こんな……」
友香が涙を浮かべながら、佐藤の手をそっと握る。普段なら、誰かに触れられるとすぐに手を引っ込める佐藤だが、この時は友香の好きにさせた。
「……別に、あんただけのためにやったわけじゃないし。それに自分のためでもあったし……」
そう言うと佐藤はフッと笑った。頬は赤紫色に腫れ上がり痛いはずなのに、その表情には瑞希に従っていた頃には無かった、晴れやかな「意志」が宿っていた。
「ほら、泣くな。……あともうちょっとだから、頑張れ。あんた意外と根性あるから」
そう言って、友香の二の腕をポンと叩く。田中とはまた違った不器用さのある励まし。けれど心に響く励ましに、友香は強く頷いた。
「絶対頑張る!シュガーの分も!」
「それ、言うなって……」
友香と佐藤が笑い合った。その後、佐藤は田中の肩を借りて、コートの外へと移動した。審判が状況を確認し、佐藤の離脱を認める。本来、顔面に当たった場合はセーフだが、佐藤の状況を鑑み実質アウトとなった。
これで、内野に残ったのは玲と友香の二人。対する最強チームも、瑞希ともう一人の二人のみとなっていた。
ピーッ、という笛の音が、静まり返った体育館に試合再開を告げる。
ボールを渡された玲は、外野の田中に向けてパスを送った。
「ポッピン、回して!落ち着いて行こう!」
受け取った田中もパスを回し、相手の隙を窺うが、ハンドボール部としての意地を見せる瑞希たちの守りは固い。田中は強引に敵の一人を狙って渾身の一投を放ったが、瑞希がその弾道を読み切り、割って入るようにしてボールをキャッチした。
「すまん!!取られたああ!」
田中の悔しげな叫びが響く。瑞希は速攻でボールを玲に向けて投げ放つ。玲も負けじとボールをキャッチしては投げ返す。さらにそれを瑞希が取る。しばらくその攻防が続く。
二階のギャラリー内では「え、これプロ並みの試合じゃね?」と、その迫力に驚く声が多く聞こえ、スマホを構える観客が多くなっていく。
再度、瑞希がボールをキャッチした直後、隣の味方をちらりと見てアイコンタクトを図った。小さく頷く味方。次の瞬間、その味方が瑞希の真正面に割って入るように立ち塞がった。玲の視界から、ボールを持つ瑞希の姿が完全に遮断される。
「——何をするつもり?」
玲が警戒を強めた刹那、瑞希の前にいた味方は、まるでバネが弾けるように素早く横へと飛び退いた。
再び瑞希の姿が露わになる。その瞬間、玲は自分の目を疑った。瑞希は既に投球フォームを解いており、その両手には、あるはずのボールが消えていたのだ。すぐに隣の味方に視線を移すが、彼女もまたボールを持っていない。
「ボールが……消えた!?」
玲の思考が止まる。
「雨宮!外野だあああ!!」
田中の声が響いた。玲が状況を理解した時には、既に一歩遅かった。瑞希は味方を巨大なカモフラージュとして利用していた。味方の横ダッシュと同時に、その体を盾とする様にパスを投げ、玲の死角となる外野へ向けて、完璧にボールを隠しつつ渡したのだ。
ハンドボール部として培った連携の妙と、勝利への執念が玲の計算を狂わせた。瑞希が仕掛けた手品のような「見えないパス」を外野は受け取り、無防備な友香に向けて、ボールを容赦なく放った。




