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第十話 決勝前の舌戦

「あんた達はみんなハンドボール部の最強チーム。一方いっぽう、こっちはただの寄せ集めに過ぎない。実力はそっちの方が圧倒的に上。誰が見ても十中八九じっちゅうはっくあんた達が勝つって言うよね。……でもさ、もしもだよ。瑞希みずき友香ゆかにアウト一つでも取られるとしたら、どうなる?」

 瑞希は眉をわずかに引きつらせる。


「そう!例えそっちが勝ってもさ、あんたのアウトたった一つで、その無様ぶざまな姿がさいこうにキレイな画質で、何十人ものスマホで、そこだけ切り抜かれて拡散されるんだよ。今まで散々コケにしてきた友香からアウト取られる女王様なんて、ダサ面白すぎて絶対にバズるもんね!あんたはこの試合で、アウトになっちゃいけないって十字架も背負わされてるわけ!」


「それって挑発?だとしたら低レベル過ぎない?そもそも、友香程度に絶対に負けるわけないじゃない、そんなの!」

「ハハ、じゃあ、なんでいつも必死で友香をおとしめてるのかな? 本当に自分を強いと思ってるならさ。堂々と受けて立てばいいだけじゃない?……でも、わかるよ、瑞希。あんた、本当は友香が怖くて怖くてたまらないんだよね~?」

「はあ? 私が? 友香を恐れる? バッカじゃない?なんでそうなるの?」

玲の顔からふざけた笑みがすっと消え、真剣な眼差しを瑞希に向ける。


「友香が……あんたの手じゃ決して届かない、特別なものを持ってるから」


 瑞希の取り巻きたちが、「何言ってんだコイツ」と鼻で笑う。しかし、当の瑞希だけは笑っていなかった。

「圧倒的な実力差で、また負けちゃうのが怖いんだよね?だからあの時も、メキメキと上達していく友香を徹底的に無視して美術部から追い出した。でも結局は友香以上のものを描けない自分に気付いた。ハンドボールへ転向したのも積極的な理由じゃないよね?ただ友香から逃げ出したかった……それだけだよね?違う?」


「あ、あんたが……何を知ってるっていうの!同じ中学でもないくせに!」

「色々知ってるよ~!だって瑞希の周り、み~んな口が軽いんだもの!」


 玲の余裕の表情とは裏腹に、瑞希は疑念の目で後ろを振り返る。急に疑われた取り巻き達も「一体何の事だか……」と慌てて首を振る。


「ねえ?何で私が、わざわざあんたの得意な戦場に飛び込んで来たかわかる?今日だけは誰もがスマホで撮影してるからだよ。いわばカメラの牢獄ろうごく!私達は勝ち負け関係無く、最低でもあんたのアウト一つだけを目標にすればいい。記録だってバッチリ残るしね!それが拡散されるだけで、あんたの支配は今日で完全に崩壊する。そうなれば、もう言い訳なんてできない。次の逃げ場なんて無いから!崖っぷちってのはそういう事!」


 玲は一歩も譲らない。瑞希の取り巻きからは「美術部の事って何?」「告げ口してるの誰?」など、かすかな混乱と動揺が漏れ始める。田中と佐藤たちもこの舌戦ぜっせんの行く末を、固唾かたずんで見守っている。


「私は……私は逃げてなんてない!カメラにおびえてみじめに逃げ回るのをさらされるのはあんた達のほう! 崖っぷちなのはそっちでしょ!」


 瑞希の苦し紛れの口撃にも、玲は冷静に、即座に反論する。

「いいや、全然違うね!私達は負けて当たり前なんだから、逃げ回ろうが何しようが話題にすらならないし、誰も拡散なんてしないよ。でも、あんたは違うよね? 忘れたの?瑞希はみんなから注目されてるインフルエンサー『ハニー・ハンド・ミジュ』じゃないの~!あっ、違うか……」


 玲は瑞希に近づき、片手で彼女の肩を掴み、耳元へ顔を寄せ、とどめとばかりにささやく。

「こう言った方がいいかな?――『ダーク・プロンジョン・シューター』さん?」

 瑞希が思わず後ずさり、後ろのメンバーにぶつかる。それは明らかに衝撃を受けた動きだった。


「なん……」

 ——なんでそれを?と言いかけて瑞希は言葉を飲み込む。そのまま口にすると認めてしまうのと同義どうぎだからだ。


「あれ~!あれれれれえ?どうしたの~?瑞希~?ちょっと涙目になってるよ~!眉間みけんにもしわが寄ってるし~!せっかくの『ハニー』な笑顔が台無し~!そんな顔するくらいだったらさ……拡散される前に帰った方が良くない?」

 玲が先程さきほどまでの瑞希の振る舞いを茶化ちゃかす。瑞希の表情が殺意を感じるほどに怒りに満ちあふれる。


「……絶対に勝ってやる!優勝するのは私!そして、あんたを絶対に後悔させてやる!!」

「残~念!後悔するかどうかは私が決めるから!」

 その場にいる敵味方全員が硬直する。そんな中、玲だけが場違いな程不敵(ふてき)な笑みを浮かべている。


 瑞希と玲、お互いが視線を外さない。そしてその均衡きんこうを玲(みずか)らが破る。

「それから、あと一つ言っておく」

「何よ!」

「友香がいる時の私は百倍強いよ!」

「……フン!」


 瑞希は取り巻き達を連れ、最後まで玲をにらみ付けながらコートの反対側へと去っていった。その背中は、先ほどまでの傲慢ごうまんな余裕など微塵みじんもなく、どこか追い詰められた獣のような切迫感に満ちている。


 玲はその背中を、冷ややかに見つめ、しかし確信に満ちた目で見送った。そして、瑞希が十分に離れたのを確認すると、ふっと力が抜けた様に表情をやわらげ、隣で固まっている友香に向き直る。


「よーし! 下準備、完了!」

「え、玲?」

 友香は呆然としたまま、玲を見上げている。さっきまで瑞希を震え上がらせていた冷徹れいてつな玲が、一瞬でいつもの彼女に戻ったことに、頭が追いついていないようだった。


「あはは、ごめんね友香、怖かった?ちょっとアイツらおどしすぎちゃったかな。でも、これで瑞希たちのマインドは完全に崩れたよ。あいつら、今はもう勝つことより『アウト取られたらどうしよう』って心配で頭がいっぱいのはず!そうなるとあっちのミスもいつもよりは誘発されるかも?まあ、このくらいはやって良いよね!アイツら強いし、私達の方が『弱い子』だし!」


「雨宮!お前すげーな!!」

 テンションMAXの田中と、驚きの表情を隠せない佐藤が、玲と友香の間に入ってくる。


「あんな風に瑞希を正面から言い負かせる奴、初めて見たわ!マジで、今のうちにアタシらでお前のがわについといて正解だったわ!!」

「プロンジョン……なんとかって聞こえたけど、瑞希の裏アカ?情報通の私ですら知らないのに、雨宮、あんたって何者?」

 佐藤のいぶかしげな顔に対して、玲は少し得意げな顔を見せる。

「私は普通の女子高生。ただ頼もしい相棒がいるだけだよ」

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