干し柿 3
彼女は深い艶のある黒い器をカウンターに置いた。その隣には干し柿が、薄く切って添えられていた。
干し柿というものを初めて食べた。口の中でゆっくりと柔らかくなっていきながら、甘い味が続いた。なぜだか懐かしさを感じる甘さだった。
少し苦味のあるコーヒーに口をつけた時に、先輩と二人で最後に屋上から見た夕焼けが突然目の前に広がり、自分が夢の中でいた場所を思い出した。
握った手の温かさや、笑顔、あの人のすべてを思い出した。
涙が溢れて、カウンターに雫が落ちた。
「ごめんなさい」
そう言ってポケットを探ろうとする私に、彼女が黙ってハンカチを差し出した。香水とは違った、穏やかな薫りがした。
「好きな人のことを思い出したのね」
はい、と答えた私は、でもその先のことを伝えることができなかった。
「いいのよ」
ただ、それだけ言って彼女は静かに微笑んだ。
この女性のことをもっと知りたいと思った。胸元を見たが、ネームプレートなどあるはずもなく、着物の美しい模様が目に入るだけだった。
私は、自分の名を名乗ってからハンカチのお礼を言い、尋ねた。
「お名前を教えていただけますか」
彼女は、少し首をかしげて少しの間考えてから、笑顔を大きくして「当ててみて」と言った。「ヒントは沢山あるわ」
愛らしい笑顔だった。先輩を思い出さずにはいられなかった。少し悪戯っぽくて、挑発してくることもあった、あの笑顔だった。
茶器のように取手のない、深い艶をたたえた黒い器を両手で挟み込んで、私は先輩を思い出してその暖かさを感じた。
音のしない静かな店内にコーヒーの薫りに混ざって、本や彼女からの、安らかな薫りが漂っていた。
「かおる、薫子さん、でしょうか」
古風な名前がこの人にはふさわしいような気がした。
私の答えを聞いて、彼女はしばらく考え込んでいたが、やがて「いいわ」と頷いて、「はい、正解」と言って笑った。
「高貴な名前で嬉しいわ」




