【第九十八話】約束の報酬
〈世界樹・深部〉
世界樹の巨木を前に、ナナセたちは立っていた。
ラクテアが、世界樹の幹に手を添えていた。
「最深部って言ってたけど……ここは前も来たよね」
ナナセの問いにエトが代わりに答える。
「ここも最深部だけど、表層に過ぎないの」
咳ばらいをするブレル。
「……最重要極秘事項を簡単に話すんじゃない」
「ハルモニア様に会うのに、隠す方がおかしくない?」
「貴様は精霊の涙の件を知らないから仕方ないが……」
「この国と“レーヌ”の存続に関わる問題なのだ」
「“極秘”になっているのは理由があるんだ」
「だいたいな――」
「……ブレル」
ラクテアが、幹に手を触れながら声をかける。
「世代が違うのですから、あまり言いすぎてはいけませんよ」
「それに……」
「精霊の涙の件は私の落ち度なんですから」
ため息をつくブレル。
「“レーヌ”のせいではありません」
「フィラが短慮だったのです」
「簡単に言ってはいけませんよ」
聞き慣れない名に、エトが僅かに眉をひそめる。
エトをちらりと見るラクテア。
「寿命の違いというのは難しい問題なのですから」
静寂が最深部を包む。
ナナセがラクテアに声をかける。
「……精霊の涙って――」
「その答えは、ハルモニア様が教えてくださいますよ」
ナナセの言葉を遮るラクテア。
世界樹の幹から魔力が溢れていき、根が盛り上がっていく。
――根が門のように口を開けていた。
「では、行きましょうか」
「ここから先が――世界樹の最深部ですよ」
ナナセを見つめるラクテア。
「貴方は経験済みですね」
「この先は――“根の流路”です」
〈世界樹・根の流路〉
ラクテアを先頭に歩いていくナナセたち。
根の流路は、精霊流が無数の星空のように輝いていた。
足元の世界樹の根には、精霊流が脈打つように巡っていた。
「……綺麗」
思わず言葉が漏れるヒナノ。
「こんな世界があるなんて信じられないわね」
サツキも、感嘆の声を上げながら周りを見渡していた。
「根の流路を見ることができるなんて……」
「夢のようです」
オボロですら、珍しく落ち着きがなかった。
それを見て笑みを浮かべているナナセ。
「ほら……足元だって不安定なんだから」
「転んでも知らないよ」
そんなナナセの脇腹に肘打ちをするエト。
「……エトたん?」
苦悶の顔を浮かべているナナセ。
「あのね……根の流路って私たちエルフですらお伽話の世界なのよ?」
「気配りするにしても」
「もっとムードを意識して話しかけなさい」
エトの横で、ブレルも頷いている。
「その通りだな」
「ここへ来た人間など、過去にも数人しかいないのだから」
笑みを浮かべながらラクテアが声をかける。
「新鮮な反応が見れて楽しいですね」
「ですが、気を引き締めてください?」
「――そろそろですよ」
ラクテアの言葉と共に、ナナセたちは開けた場所にたどり着く。
一つの大きな根の上で精霊たちと戯れているハルモニア。
ラクテアたちに気づき、近くに来るように促す。
「――よく戻りましたね」
ナナセを見つめて話しかけるハルモニア。
「思った以上に長くなっちゃったけどね」
「そんなことありませんよ」
「想定通りです」
「精霊鉱も世界樹の枝も役に立ったようで良かったです」
サツキとヒナノを見つめるハルモニア。
「ありがとうございました」
「おかげさまで、強くなれました」
サツキもヒナノもお礼を伝え、頭を下げる。
そんな二人に優しく微笑みかけるハルモニア。
「構いませんよ」
「あなたたちは、彼と出会ったことで数奇な運命を辿りますから」
「その力は、あなたたち自身と周囲の者を助けてくれるでしょう」
「僕が疫病神みたいな言い方してる?」
ナナセの言葉に笑みがこぼれるハルモニア。
「褒め言葉ですよ」
「良縁も含まれてますから」
ハルモニアはナナセたちを見渡す。
「さてと……」
「何が起きていたのか教えてもらえますか」
そして、指を一つ鳴らす。
ハルモニアとナナセたちの間に、円卓と椅子が出現する。
「きっと、長話になるんでしょうから」
各々椅子に座り始める。
――その後、ナナセはキオウ島での出来事を話し始める。
そして。
フェルコルクスで起きていたこと。
これからの展望も含めて、余すことなくすべてを――
話を聞き終えたハルモニアが、静かに目を閉じた。
「そうですか」
「ジェネシスは――元気にしていたのですね」
その声には。
僅かな安堵が混じっていた。
「うん」
「今はまだキオウ島にいるけどね」
「フェルコルクスの状況も落ち着いたし」
「そのうち帰るんじゃないかな」
「……そうでしょうね」
ハルモニアが微笑む。
「彼女には彼女の役目があります」
「帰るべき場所が戻ったのであれば」
「いずれ、自らの意思で帰るでしょう」
ラクテアがハルモニアを見つめる。
「ハルモニア様……よかったですね」
「ええ、本当に」
短い言葉。
だが。
そこには長い年月の重みがあった。
ナナセが小さく息を吐く。
「これで約束は果たした――でいい?」
「もちろんです」
ハルモニアが頷いた。
「約束は、確かに果たされました」
その言葉を聞いて。
ナナセの表情が少しだけ変わる。
「じゃあ」
「僕も、約束してもらっていたものを貰おうかな」
エトがナナセを見る。
「約束?」
「前にハルモニアと話した時にね」
ナナセが答える。
「ジェネシスを探してくれたら、一つ教えてくれるって」
「――シドーにあった秘宝について」
エトの表情が僅かに変わり、ラクテアを見つめる。
ラクテアは静かに首を横に振る。
「ハルモニア様が約束されたのです」
「私は問題ありませんよ」
「それに、彼が精霊の涙を見つけた以上」
「伝えないわけにもいきませんので」
「シドーの旧領主邸の地下に、エルフの秘宝があった」
「しかも」
「厳重な封印付きで――」
ナナセの目が細くなる。
「あの場所にある理由には、オルフェも関わっていたんじゃないかな」
「――まだ人間だった頃のオルフェがね」
ハルモニアもラクテアも驚かない。
「……知ってたんだね」
ハルモニアがゆっくりと息を吐く。
「ええ」
「シドーの近くにも世界樹の苗はありますので」
「そして、その周囲に集う精霊たち」
「――彼らはおしゃべりですからね」
ナナセが小さく息を吐く。
「それなら教えてよ」
「精霊の涙が、どうしてシドーにあったのか」
「そして――」
「生前のオルフェが、何をしたのか」
ハルモニアはすぐには答えなかった。
円卓を囲む者たちへ、静かに視線を巡らせていた。
その表情は、どこか懐かしむようでもあり、
深く悲しんでいるようでもあった――
【第九十九話へ続く】




