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【第九十七話】森への帰還

〈星詠王国コンステラ・森門〉


――馬車が止まる。


窓の外には、見覚えのある森が広がっていた。


「着いたね」


ナナセが馬車から降りる。


続いてオボロ。


ヒナノ。


最後に、身体の至るところに包帯を巻いたサツキが


ゆっくりと地面へ降り立った。


「……やっぱり、こっちもまだ復興途中なんだね」


ヒナノが森を見渡す。


以前訪れた時とは違う。


森門の一部には、新しい木材が使われていた。


折れた木々の代わりに、若木が植えられている。


所々では、エルフたちが傷ついた森の修復を続けていた。


「当然です」


聞き覚えのある声が響いた。


「帝国軍にあれだけ荒らされたのですから」


森の奥から、一人の女性が歩いてくる。


「ナナセ」


「エトさんから事情は聞いています」


「無事で何よりです」


「……世界樹を守っていただき、ありがとうございました」


頭を下げるロゼを軽く制する。


「いいよいいよ、気にしなくて」


「ロゼも元気そうでよかったよ」


いつものような軽口で話しかけるナナセ。


「……貴方ほどではありません」


頭を上げて一息つく。


そして、視線をサツキへ向けるロゼ。


全身の包帯を見て、僅かに眉をひそめた。


「……元気ではなさそうな方もいますが」


「問題ないわ」


「ついこの間まで立てなくなってたけどね」


「……ヒナノ」


「何?」


「黙って」


「はいはい」


ロゼが小さく息を吐く。


「相変わらずですね」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


「褒めていません」


ジト目でナナセを睨むロゼ。


そんなロゼを気にせずにナナセが笑う。


「――森の方は?」


「少しずつですが、戻っています」


ロゼが森へ視線を向ける。


「世界樹が安定しましたので」


「精霊の流れも以前とは比べものにならないほど落ち着きました」


「帝国軍に破壊された場所も、順次修復しています」


「人手は足りてるの?」


「以前よりは」


「……意外な人物も手伝っていますので」


「おじさんのことかな?」


「……おじさん?」


首を傾げるロゼ。


「……ああ、グランリーのことですね」


ロゼが少しだけ複雑そうな表情を浮かべる。


「捕虜として監視下に置いていることに変わりはありませんが」


「土の精霊魔法使いを遊ばせておく余裕もありません」


「本人も拒否しなかったため、森門や建物の修復を手伝わせています」


「へぇ……」


ナナセが森の奥を見る。


「意外と真面目に働くんだね」


「帝国軍の将軍ですが……」


「先祖に顔向けできないからと、罪滅ぼしも含んでいるようです」


ロゼの表情が僅かに曇る。


「許されたわけではありません」


「ですが――」


「今は、その力に助けられているのも事実です」


「そっか」


ナナセはそれ以上、何も言わなかった。


ロゼが踵を返す。


「“レーヌ”がお待ちです」


「こちらへ」


森の中を歩いていく一行。


以前よりも、精霊の気配が濃くなっていた。


木々の間を飛び回る小さな光。


風に揺れる葉。


足元から伝わる微かな魔力。


ナナセが目を細める。


「……元気になったね」


『うん』


ポラリスの声が頭の中に響く。


『まだ傷は残ってるけど』


『ちゃんと生きてる』


「そっか」


ナナセが笑った。


やがて。


一行は白い宮へ辿り着く。


謁見室へ入ると。


部屋の奥には、以前と変わらない姿でラクテアが座っていた。


長い銀白の髪。


透き通るような肌。


細い身体。


その指先には、細い煙管が握られている。


甘く清らかな香りが、室内を漂っていた。


その傍らにはブレル。


そして――


「遅かったわね」


ラクテアから少し離れた場所。


壁際に立っていた女性が、呆れたような顔をしている。


「……エトたん!」


「その呼び方はやめなさい」


「久しぶりなのに!」


「久しぶりだから余計に腹が立つのよ」


エトがため息を吐く。


「相変わらずね」


「エトたんも変わってないね」


「数か月でエルフが変わると思っているの?」


「髪型とか」


「そこ?」


ナナセが笑いながらエトへ近づく。


「元気だった?」


「ええ」


エトも笑う。


「あなたも――」


ナナセの身体を見る。


「元気そうね」


「もちろん」


「そう」


エトがナナセの額を指で弾いた。


「痛っ!」


「なら、これはお説教の分」


「何の!?」


「世界樹の中で怒り忘れた分!」


「今更?」


「それから」


もう一度、額を弾く。


「痛いって!」


「百日以上も顔を見せなかった分」


「僕のせいじゃ――」


エトの目が細くなる。


「……ごめんなさい」


「よろしい」


満足そうに頷くエト。


「エルフなのに時間を気にしすぎじゃない?」


「あなたが気にしていなさすぎるのよ!」


「寿命が短く、有限なのを理解してるの?」


さらにもう一度、額を弾く。


その様子を、ラクテアは静かに眺めていた。


煙管から細い煙が立ち上る。


その瞳が。


ほんの一瞬だけ、遠い何かを見るように細められた。


だが。


すぐにいつもの穏やかな表情へ戻る。


見かねたブレルが咳ばらいをする。


「師弟そろってにぎやかなのは良いことだが……」


「積もる話は後にしてくれ」


ブレルの低い声が響く。


「ここは謁見室だぞ」


「ブレルは相変わらず固いねぇ」


「貴方が柔らかすぎるのだ」


「ブレルさん、待ってください!」


「私をナナセと一緒で騒がしいってまとめないでください!」


「私は――ナナセと違って常識あるんですよ!」


エトの“騒がしい声”が謁見室に響く。


周囲からは、エトに向けて無言の視線が集まっていた。


「――ナナセ」


ラクテアの静かな声に、空気が変わる。


エトは静かになり、全員がラクテアと向き合う。


「お帰りなさい」


「ただいま――でいいのかな?」


「ええ」


ラクテアが微笑む。


「世界樹もハルモニア様も、貴方の帰還を喜んでいます」


ナナセが少しだけ照れたように頬を掻いた。


「それじゃあ」


「まずは約束してた報告からかな」


「では、ハルモニア様に会いに行きましょうか」


「世界樹の最深部まで」


立ち上がるラクテアにエトが寄り添う。


一行は謁見室を後にし、ハルモニアの待つ世界樹の最深部へ向かう。


世界樹へ近づくにつれ、空気が澄んでいく。


精霊たちがナナセへ集まり。


嬉しそうに周囲を飛び回っていた。


世界樹の鼓動が、一行を静かに迎えていた――


【第九十八話へ続く】


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