【第九十六話】約束の先へ
〈フェルコルクス王城・城門前〉
――翌朝。
城門の前には、一台の馬車が停まっていた。
その周囲では。
ドワーフたちが慌ただしく荷物を運び込んでいる。
「こっちは食料だ!」
「工具は必要ねぇだろ!」
「酒は積んだか!?」
「それが一番いらないでしょ」
ヒナノの声が飛ぶ。
「何言ってやがる!」
「旅に酒は必要だろうが!」
「いらないって!」
朝から騒がしい様子を眺めながら、ナナセは小さく笑っていた。
「元気だねぇ」
「……昨日、国が滅びかけたとは思えませんね」
隣に立つオボロが呟く。
「だからじゃない?」
「生きてるんだから、騒げる時に騒いでおけばいいんだよ」
「……ナナセ様らしいですね」
城門の方からラソルが歩いてくる。
「待たせたな」
「もう大丈夫なの?」
「ああ」
「ミリアド・オラクル商会にも助けられているからな」
「ミヨも新しい商流が作れるって張り切ってるからね」
「……あとで高くつくから気を付けてね」
ラソルが笑みを浮かべる。
「当たってたな」
「……何が?」
不思議そうにラソルを覗き込むナナセ。
「あの商会のお嬢ちゃんがな」
「ナナセなら“高くつくから気を付けて”って言うわ――」
「自信満々に言っていたぞ」
「その場合の支払いはナナセ持ちだとも言っていたぞ」
背筋に悪寒が走るナナセ。
それを見て笑いだすラソル。
「安心しろ」
「恩人にそこまでひどいことをするつもりはない」
「……頼むよ?」
不安そうにするナナセを尻目にラソルが城を振り返る。
「――フェルコルクスは変わっていくからな」
「帝国軍は撤退した」
「城内に残っていた連中も拘束済みだ」
「カルス王もですか?」
オボロが尋ねる。
ラソルの表情が僅かに曇る。
「……ああ」
「これから、やることは山ほどある」
「帝国と繋がっていた連中の洗い出し」
「壊された設備の修理」
「国の立て直し」
ラソルが頭を掻く。
「……王がいなくなったからって」
「明日から全部元通りってわけにはいかねぇ」
「でも」
ナナセが笑う。
「君なら大丈夫でしょ」
「簡単に言いやがる」
「簡単じゃないの?」
「簡単なわけあるか!」
即答だった。
「俺は技術者だぞ!」
「王になるために生きてきたわけじゃねぇ!」
「王様にならないの?」
ヒナノが会話に入ってくる。
「ならねぇよ!」
「今のところはな」
「……今のところ?」
「うるせぇ!」
ラソルが声を荒らげる。
その後ろでは、ドワーフたちが笑っていた。
昨日まで。帝国の支配下にあった国。
まだ何も終わってはいない。
それでも。
その顔には、昨日までとは違うものがあった。
ナナセが城を見上げる。
「……レミントは?」
「地下牢だ」
「毒でまともに動けねぇが、生きてる」
「ならいいや」
「ずいぶん簡単だな」
「死なれた方が困るからね」
ナナセの目が細くなる。
「帝国の技術開発局長なんでしょ?」
「知ってることは全部喋ってもらわないと」
「……怖ぇ顔するじゃねぇか」
「そう?」
「いつも通りだよ」
「それが怖ぇんだよ」
ラソルがため息を吐く。
少し離れた場所では。
サツキが馬車の壁にもたれていた。
身体の至るところに包帯が巻かれている。
ヒナノがニヤニヤしながら話しかける。
「サツキ」
「何?」
「座ってなよ」
「立っていられるわ」
「昨日立てなくなってたじゃん!」
見せつけるようにナナセに抱きつくヒナノ。
「大丈夫だよ」
「――もうしばらくは休んでおいても」
サツキのこめかみが痙攣していく。
だが、痛みで動けない。
「……朝から元気ですね」
オボロがため息を吐きながら呟く。
「いつものことだよ」
「サツキも無理したらダメだよ」
「傷は今日も残ってんだから」
ナナセが笑う。
「――そういえば」
オボロが声色を変えて、ナナセに向き合う。
「どうしたの?」
「昨夜、お伝えできていなかったことがあります」
「私が城内を調査していた際に、ある人物と接触しました」
パシャとの会話を報告するオボロ。
沈黙が広がる。
オボロの表情が険しくなる。
「――問題は帝国が再編された後ですね」
「新たに中枢へ入り込もうとしている組織があるそうです」
ナナセが黙って続きを待つ。
「――真聖会」
ヒナノが眉をひそめる。
「真聖会?」
ヒナノに答えるナナセ。
「確か……」
「聖アスルード公国に本山を置く、教会の一派だったはず」
オボロがナナセを見る。
「そうです」
「そして――オルフェは、その真聖会の幹部のようです」
「――オルフェ?」
サツキが反応する。
ナナセの目から笑みが消えた。
「……あの死にぞこないか」
港湾都市シドー。
孤児院の地下。
精霊を利用した実験。
そして。
逃がしてしまった男。
「やっぱり、帝国とは別組織だったんだね」
「そのようですね」
オボロが続ける。
「さらに、もう一つ」
「パシャによれば、帝国が再びまとまった後」
「真聖会はフリニア王国へ向かう可能性が高いとのことです」
サツキが眉をひそめる。
「王国へ?」
「はい」
「狙いは――王都」
空気が変わる。
「王都に何があるの?」
ヒナノの問いに。
オボロは首を横に振る。
「そこまでは」
「ただし、一つだけ」
「“鍵”がある、と」
「……鍵?」
ナナセが呟く。
「それが何を指しているのかは分かりません」
「パシャも、それ以上は話しませんでした」
「真聖会」
「オルフェ」
「王都にある“鍵”」
ナナセが腕を組む。
「……分からないことばっかりだね」
「王都に戻る?」
ヒナノが尋ねる。
ナナセはすぐには答えなかった。
今すぐ王都へ向かうべきなのかもしれない。
だが。
「……その前に」
ナナセが顔を上げる。
「寄らないといけない場所がある」
サツキがナナセを見る。
「星詠王国コンステラね」
「うん」
ナナセが頷いた。
「ハルモニアに報告しないとね」
「約束は果たしたんだ」
「ちゃんと報告しないとね」
「それに――」
ナナセが僅かに目を細める。
「ハルモニアなら、何か知ってるかもしれない」
「シドーにあった精霊の秘宝についてもね」
「……確かに」
オボロが頷く。
「ハルモニア様であれば」
「真聖会についても何か知っている可能性がありますね」
「決まりだね」
ナナセが馬車へ向かって歩き出す。
「次は――エルフの森」
「ちょっと待て」
背後からラソルの声。
ナナセが振り返る。
ラソルは少しだけ言葉に詰まっていた。
「……その」
「何?」
「世話になった」
「お前らが来なかったら」
「この国は、たぶん終わってた」
ナナセが笑う。
「僕たちだけじゃ何もできなかったよ」
「最後に国を守ったのは君たちでしょ?」
ラソルは何も答えない。
ただ。
小さく笑った。
「……また来い」
「今度は帝国兵がいない時にな」
「その時には」
「ジェネシス様もお戻りになっているだろうしな」
「そうするよ」
ナナセが馬車へ乗り込む。
サツキ。
ヒナノ。
オボロ。
続いて乗り込んでいく。
御者が手綱を握った。
車輪がゆっくりと回り始める。
フェルコルクスの城門が遠ざかっていく。
ナナセが窓から外を見る。
傷ついた城。
壊れた街。
それでも。
煙を上げる工房が、一つ。
また一つと増えていた。
槌を振るう音が聞こえてくる。
――カン。
――カン。
――カン。
国を作り直す音。
その音を聞きながら。
ナナセは前へ向き直った。
「……さて」
「久しぶりに怒られに行こうか」
「誰に?」
ヒナノが尋ねる。
ナナセが苦笑する。
「エトたん」
「その呼び方をするから、怒られるんでしょ」
サツキが呆れたように言う。
「だから怒られに行くんだよ」
「意味分かんない」
馬車の中に。
久しぶりに穏やかな声が響いた。
向かう先は。
世界樹の森。
始原の精霊との約束を果たすため。
そして――
これから向き合う敵の正体を知るために。
一行は、エルフの森へと向かっていった――
――第六章 完。




