【第九十二話】ドワーフの誉れ
〈フェルコルクス王城・大広間〉
――新型抽出機に近づくレミント。
「さて……」
「最後に、こいつの扱いを決めなければな」
「帝都へ持ち帰りたいところだが……」
「この状況では、搬出にも手間がかかる」
爆発の余韻すら気に留めず、外装を愛おしげに撫でていた。
「……っ」
不意に右足に痛みを感じて足元へ視線を落とす。
そこには――
自身の影から黒い蠍が這い出し、尾の針を突き刺していた。
「なんだこれは」
「――『影蠍』」
背後から聞こえた声に、レミントの表情が強張る。
そして、ゆっくりと振り返った。
「――何故あれで生きている」
爆炎から姿を現すナナセ。
「愚問だね」
「あの程度の爆発で、僕の『水牢』は破れないよ」
「舞い上がった水蒸気は、ただの目隠しだよ」
「隙を与えるため」
「そして――」
「“こいつ”を飛ばすためのね」
レミントの背中に、一体のクラゲがまとわりつく。
クラゲの形状が水の縄のように変化し、両腕を背中側へ締め上げた。
「バケモノめ――」
不意に膝をつくレミント。
「……何をした」
「最初の蠍だね」
「蠍といえば毒でしょ」
「でも気を付けてね」
「――蠍の毒って後から効いてくるらしいよ」
レミントは目を見開き、苦鳴を漏らしながら床へうずくまった。
「さっき……」
「先代のドワーフ王について何か言ってたね」
「先代王は、自分の命まで投げ出して」
「この国と、ドワーフの誉れを守ろうとした人だ」
「その覚悟を、君ごときが笑っていいわけじゃない」
呼吸が荒れ、全身が震えているレミント。
「くそがっ……調子に乗るなよ」
水縄に締め上げられながらも、指先だけを白衣の内側へ滑り込ませる。
「ならば、最後の実験に付き合ってもらおうか」
「この装置が臨界を超えた時、どこまで吹き飛ぶのか」
「――貴様自身で確かめるといい」
直後、新型抽出機が異音とともに起動し始める。
――白い光が溢れてくる。
ナナセがレミントの手を掴み上げる。
そこには先ほどとは別の起動器が握られていた。
「――何をしたの」
高らかに笑いだすレミント。
「自爆指令を起動させただけさ」
「臨界時の破壊範囲まで、記録しておきたくてな」
「――この城だけじゃない」
「もっと大規模な爆発になるぞ」
新型抽出機に近づき、解析を始めるナナセ。
だが。
「止められないだろう?」
レミントが笑いながら問いかける。
ナナセは答えない。
操作盤を見つめ続ける。
そこには――
見慣れないドワーフ語が幾重にも刻まれていた。
魔力を流す管。
歯車。
圧力弁。
そのどれが何を制御しているのか、ナナセには判断できない。
ナナセが歯を食いしばる。
「魔力の流れは分かる」
「でも、装置の構造が分からない……!」
そんなナナセを笑いながら見つめるレミント。
「ドワーフの連中は専売技術で国を守ってきたからな」
「自分たちにしか開けられない金庫」
「自分たちにしか止められない爆弾」
レミントが笑う。
「技術を盾に、自分たちの価値を他国へ認めさせてきたのだ」
「まともな軍隊すら持たずにな」
「実にたくましい国だろう?」
レミントが話している間にも、白い光がさらに膨らんでいく。
金属管の一つが破裂し、熱風が噴き出す。
警告音や振動は止まらず、円筒に亀裂が走る。
「くそ……!」
焦るナナセを尻目に、笑い続けるレミント。
「専門家が必要だな」
「だが、もう間に合わないさ」
「臨界までもって数分だろうな」
「先代王のように、自爆に巻き込まれて死のうか」
「――親父を馬鹿にするな!」
不意に、入り口から怒号が響く。
顔を上げるナナセ。
一人のドワーフが走ってくる。
――ラソルだった。
その後ろには、数人のドワーフたちが続いている。
「主要拠点は全部押さえた」
「あんたらが命を張ってくれたおかげだ」
「だが――この国を守るのは俺たちの使命でもあるんだ」
「最後まで、俺たちにも戦わせてくれ!」
ラソルが工具を取り出し、新型抽出機を見る。
すぐに内部回路へ視線を走らせる。
「爆発が近いな……」
「冷却環も死んでる……」
円筒に亀裂が走った瞬間。
後ろにいたドワーフの一人が息を呑む。
握っていた工具が、床へ落ちた。
金属音が大広間へ響く。
ラソルが叫ぶ。
「――まだ止められる!」
「ドワーフの誉れを思い出せ!!」
「たかが魔導装置一つを制御できない?」
「そんなことがあってたまるか!!」
ラソルの声に、ドワーフたちの顔から恐怖が消える。
ナナセがラソルを見つめる。
ラソルが新型抽出機の内部に工具を差し込みながら、低く呟いた。
「俺はな」
「死んで守るってやり方が、どうも納得できない」
「自爆装置なんてものはくそくらえだ」
ラソルが工具を握り直す。
その姿を見て。
後ろにいたドワーフたちも、次々と工具を拾い上げた。
爆発寸前の装置を前にしても。
もう、誰の手も震えていなかった。
ラソルが新型抽出機を真っ直ぐに睨む。
「ここからは――」
「俺たちドワーフの仕事だ」
ラソルの声と同時に、ドワーフたちが一斉に動き出した――
【第九十三話へ続く】




