【第九十一話】人を喰らう器
〈フェルコルクス王城・大広間〉
マルスの顔から、獰猛な笑みが消えた。
「待て」
初めて、その声に恐怖が混じっていた。
「それを俺に使うつもりか?」
「聞いてねぇぞ!」
「――負けそうな貴様が悪いのだ」
「それに」
「せっかくの機会だ」
「新型“器”の性能も確認しておきたい」
器の底から黒い針が飛び出し、マルスの首筋へ食い込んだ。
マルスが腕を伸ばすが、弱った身体では抵抗もままならない。
「……やめろ!」
「安心しろ」
「――貴様の犠牲は、帝国の発展に寄与する」
“器”に蓄えられていた精霊の力が、
針を通してマルスの体内へ流れ込む。
「がああああああああああああっ!」
絶叫とともにマルスの身体が大きく跳ねる。
マルスの手から爆刀が滑り落ち、床へ転がる。
皮膚の下を、赤黒い光が走る。
骨が軋み、肉が膨れ上がる。
――マルスの身体から爆炎が噴き出した。
爆風が吹き荒れる。
ナナセは腕で顔を庇う。
「困ったな……」
「撤退を優先すべき状況ではあるが……」
「この結果を見届けずに離れるわけにもいかんな」
レミントは後退しながら、記録紙を取り出していた。
目の前で、一人の人間が壊れていく。
それでも。
その瞳にあるのは、好奇心だけだった。
マルスの背中が裂け、硬質な甲殻が突き出す。
下半身が大きく膨れ上がる。
幾つもの節を持つ巨大な脚が、次々と生えてくる。
――そして、背骨の延長から長い尾が伸びた。
尾が、床に落ちていた爆刀を包む。
刀身が溶け、尾の先端へと吸い込まれていく。
やがて。
尾の先に、爆刀の刃を思わせる長大な刀身が形成された。
「愛刀までも取り込むのか……」
「形状もだが、その性質も興味深いな」
人間の上半身。
サソリの下半身。
厚い甲殻。
その隙間から。
赤い光が漏れている。
呼吸をするたび、甲殻の内側で爆炎が脈打つ。
甲殻の隙間から、赤黒い粉塵が漏れ出していた。
「肉体と“器”の融合を確認」
レミントが呟く。
「――予想以上だ」
異形となったマルスが、ゆっくりと顔を上げる。
片方の目は潰れ。
もう片方には、赤い光だけが宿っていた。
口元が動く。
「レ……ミ……」
レミントが耳を傾ける。
「……ころ、す……」
「……素晴らしい」
「思考能力も僅かに残っているとは」
記録紙へ文字を書き込む。
片手で小型の装置を取り出すレミント。
「貴様の敵は私ではなく、目の前にいる騎士団だぞ」
「契約を全うしたまえ」
「――貴様の役目は、あの男を殺すことだ」
一筋の赤い光がナナセの左胸に当てられる。
その光を追うように、マルスの視線が強制的にナナセに向けられる。
尾が持ち上がり、刀身の先から赤黒い液体が滴り落ちた。
尾刀の先から滴った赤黒い液体が、床へ触れる。
瞬間――爆発が起きる。
その炎が、甲殻から漏れた粉塵へ燃え移り、爆発が連鎖していく。
爆風に押し出され、マルスの巨体が一気に加速する。
一瞬でナナセの目前へ迫る。
尾刀が、赤い閃光となって襲い掛かる。
「――っ!」
ナナセは剣を抜き、刃と刃が交差する。
直後、赤い爆炎が弾けた。
ナナセは刃を斜めに滑らせ、尾刀を受け流す。
爆炎が剣の側面を抜け、背後へ流れていった。
「やっぱり、鍔迫り合いはダメだね」
ナナセは鍔迫り合いを避け、尾刀を受け流し続ける。
尾刀が振るわれるたび、爆発性の粉塵が周囲へ広がっていく。
そして。
粉塵の一部が爆炎に触れ、ナナセの周囲で次々と爆発した。
「――邪魔だな」
「『水海月』」
数体のクラゲ型の水塊を展開するナナセ。
クラゲたちが粉塵を吸収し包み込む。
「これで粉塵は封じたよ」
「アアァァァ!!」
既に、理性をほとんど失ったマルスが尾刀を不規則に振るう。
「速いし、動きも読みにくい」
尾刀を受け流しながら、ナナセが呟く。
「でも――」
「剣としては、さっきよりずっと単純だね」
甲殻の隙間へ剣先が滑り込む。
内部を走っていた赤い光が途切れ、右脚の動きが鈍くなる。
「意志のない剣に負けたら、カエデに顔向けできないからね」
ナナセが大きく後方へ跳ぶ。
追いすがるマルス。
尾刀が床を抉り、爆炎が広間を染め上げた。
ナナセは剣を上段で構える。
百日の修行で、何度も聞いた声が蘇る。
『相手に勝つ、その瞬間まで』
『貴様の剣は終わらん』
『全てを繋げろ――それで一つの剣だ』
笑みを浮かべるナナセ。
“紅閃”に魔力を込めていく。
――刀身が紅く染まっていく。
「どこまで繋げられるかな」
マルスへ向かって踏み込む。
爆炎を纏った赤い閃光と、鮮やかな紅の剣閃が交差する。
だが。
交錯の後も、紅の剣閃だけは途切れなかった。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
甲殻の隙間を。
脚の関節を。
尾の付け根を。
斬撃はなおも途切れず――
七つの斬撃が、一つの線として連なった。
「――『紅七閃』」
紅い剣閃が、大広間を駆け抜けた。
一瞬遅れて。
マルスの甲殻に、幾つもの赤い線が走った。
尾刀が床へ落ちる。
複数の脚が力を失い、異形の巨体が崩れ落ちた。
甲殻の隙間から漏れていた爆炎も、急速に弱まっていく。
「力だけ増やしても、扱えなければ意味はないよ……」
動けなくなったマルスへ、複数の水海月がまとわりつく。
ナナセが魔法陣を展開した。
「『水牢』」
クラゲたちが重なっていき、一つの球体が出来上がる。
「これで爆発も身動きも取れなくなったね」
水でできた球体の中で、苦しそうにしているマルス。
「ただの水壁とは違うよ」
「全方向から圧力をかけてる」
「爆発しても、その衝撃は全部内側へ返る」
口から空気が漏れ、高い水圧の中で藻掻いているマルス。
「……驚いたな」
「魔法使いの貴様が、この至近距離戦を凌げるとは」
遠くからレミントが声をかける。
笑みを浮かべるナナセ。
「あんな失敗作に負けるような鍛え方はしていないからね」
レミントを睨むナナセ。
「――さてと」
「逃がすつもりはないからね」
「護衛もいなくなったしどうするのかな?」
冷たい表情のままナナセを見つめるレミント。
「失敗作だと?」
「目先の結果しか見えていない愚か者が」
「……どうするのかだと?」
「愚問だな」
胸元から、小型の起動装置を取り出すレミント。
「――こうするのさ」
スイッチを押した瞬間、マルスの身体が赤く光りだす。
水牢の内部で、赤い閃光が膨れ上がった。
球体が激しく歪む。
次の瞬間。
凄まじい爆発音とともに、大量の水蒸気が噴き出した。
「回収不能になった兵器は、その場で処分する」
「技術漏洩を防ぐための当然の備えだ」
「先代王の設計思想が、こんな形で役立つとはな」
「彼も後世の役に立てて喜んでいるだろうな」
「――あの世で伝えておいてくれよ」
水蒸気が、大広間を覆い尽くす。
「さて」
レミントは新型抽出機へ向き直った。
「撤退前に、最後の処理を済ませるとしよう」
【第九十二話へ続く】




