【第九十話】用意された護衛
〈フェルコルクス王城・大広間〉
広間には轟音が響いていた。
帝国兵たちが、まとめて宙を舞う。
床へ叩きつけられた兵士たちは、そのまま動かなくなった。
ナナセが足を止める。
周囲を取り囲んでいた帝国兵は、残り十数人。
それでも。
誰一人として、前へ出ようとはしなかった。
「来ないなら、こっちから行くよ」
「僕は君たちに遠慮する理由もないし」
静かな声が響く。
ナナセの周囲に、複数の魔法陣が展開される。
異なる属性の魔力が、互いを阻害することなく渦巻いていた。
帝国兵の一人が後退する。
「ひ、怯むな!」
隊長らしき男が叫ぶ。
「相手は一人だ!」
「そう思うなら、自分が来ればいいのに」
ナナセが右手を振る。
直後。
隊長格の男の足元だけが勢いよく隆起した。
「なっ――」
男の身体が跳ね上がり、ナナセの前へ投げ出される。
「くそがっ!」
なりふり構わず剣を抜いて襲い掛かる男。
しかし。
ナナセには届かない。
ナナセが放った水弾に撃ち抜かれ、そのまま吹き飛んでいく。
広間には、帝国兵たちの悲鳴が溢れていた。
ナナセがゆっくりと歩き出す。
誰も止められない。
後ずさりをしていく帝国兵。
ナナセのために道を空けるように、帝国兵たちが左右へ退いていく。
その先。
巨大な装置が設置されていた。
“新型抽出機”。
精霊から力を奪い取るために作られた装置。
その前に。
一人の男が立っていた。
レミントは手元の記録紙から顔を上げる。
「想定以上だな」
ナナセを前にしても。
その表情に、恐怖はなかった。
「帝国兵二十五名。戦闘不能まで、たった二分か……」
「だが、全滅させないなんて優しいな」
視線がナナセの背後へ向けられる。
倒れた帝国兵たちを見ていた。
心配しているわけではない。
「属性の切り替えに遅延がない」
「それどころか、同時並行で異なる術式を維持している」
「姿は見えないが、精霊による補助もあるのだろうな」
レミントが小さく頷いた。
「実に興味深い」
レミントを睨みつけるナナセ。
「その装置は破壊するね」
「断る」
即答するレミント。
「精霊魔法使いならなおさら理解してほしいがな」
「精霊の力は偉大だ」
「だからこそ、多岐にわたり流用が必要だと思わないのかね」
ナナセの目が細くなる。
「精霊を傷つける仕組みが最適解だと?」
「これが一番効率的だからな」
「精霊だって沸いてくるのだ」
「何の問題がある」
レミントが記録紙へ視線を戻し、言葉を続ける。
「感情によって事実を歪めるべきではないな」
「精霊は、人類を発展させる新たな資源だ」
「本人の意思を無視しても?」
ナナセと目を合わせるレミント。
「面白いことを聞く」
「――石炭に意思を問うのか?」
ナナセの周囲で魔力が揺れた。
床に細かな亀裂が走る。
それでも。
レミントは言葉を続ける。
「君は優れた力を持っている」
「だからこそ理解できるはずだ」
「利用可能な力を放置することの非合理性を」
「そして、その恩恵を広く人々へ分配することもな」
「あなたとは分かり合えないね」
「そうか」
レミントが記録紙を閉じた。
「残念だ」
「では撤退の準備といこうか」
「……逃げられるとでも?」
「帝国兵とは別に、護衛を用意してある」
広間の扉が爆発とともに吹き飛ぶ。
噴煙の中から、巨大な影が現れる。
厚い胸板。
丸太のような腕。
傷だらけの顔には、獰猛な笑みが浮かんでいた。
手には、人の身長ほどもある、分厚い刀を持っていた。
「まだ終わってなくてよかったぜ」
「……それにしても随分と派手にやられたな」
男が倒れた帝国兵たちを見回す。
「遅いぞ――マルス」
「何のために、護衛を頼んだと思っている」
レミントの言葉を気にした様子もなく、男は肩を回す。
「ドワーフの城は背の低い通路が多いからな」
「間に合ったんだから問題ないだろ」
ナナセを見つめて、マルスの口元が吊り上がった。
「こいつか?」
「帝国兵だらけの場所に喧嘩を売ってきたバカは」
マルスが巨大な刀を構える。
刀身には無数の窪みがあり、赤黒い液体が満たされていた。
「不思議な形状の剣だね」
ナナセの言葉に笑みを浮かべるマルス。
「バカなくせにお目が高いな」
「こいつに触れたら、火傷じゃ済まねぇぞ」
「さてと、さっさと仕事を終わらせないとな」
「お前を殺せば仕事は終わりだ」
「その仕事は終わらないだろうね」
マルスが歯を見せて笑う。
「――いいねぇ」
「そういう奴を潰すのが、一番楽しいぜ」
マルスが踏み込むと同時に床が砕ける。
巨体が、一瞬でナナセの目前へ迫る。
巨大な刀が振り下ろされ、ナナセは横へ跳ぶ。
刀身が床へ叩きつけられた。
直後――凄まじい爆発が起きる。
熱風が広がり、砕けた石片が弾丸のように飛び散った。
ナナセが腕で顔を庇う。
マルスの巨体が、煙を突き破った。
「避けるなよ!」
「剣で受ければ終わりだったのによ!」
巨大な刀を横薙ぎに振るうマルス。
ナナセは水の壁を展開し、刀身を水中へ封じ込める。
だが――再び爆発が起きる。
水の壁が吹き飛ぶ。
爆風に押され、ナナセの身体が後方へ吹き飛ばされる。
ナナセは空中で体勢を整え、床へ着地した。
そのまま、マルスを睨む。
「魔法で受けても爆発するのか」
「そういう刀だ!」
「精霊の力を組み込んだ名刀だ!」
マルスがナナセに迫る。
一撃。
二撃。
三撃。
巨大な刀とは思えない速度で、斬撃が振るわれる。
ナナセは避け続ける。
だが、刀は床に当たるたびに爆発を発生させていた。
(動きよりも、爆発が厄介だね)
(この感じだと、魔力に反応してるわけじゃないね)
(衝撃で爆発してるのか……)
(レミントを逃がすわけにもいかないから、さっさと片付けるか)
ナナセが後方へ跳び、魔法陣を展開する。
「逃がすか!」
マルスが刀を振り抜く。
刀はもちろん届かない。
だが、刀身の窪みから、赤黒い液体が飛びだす。
液体がナナセめがけて襲い掛かる。
「そんなこともできるのか……」
「でも、ただ飛ばしてるだけか」
「――操作まではできてなさそうだね」
突風を発生させて、液体をマルスに返すナナセ。
その光景に驚愕するマルス。
「魔法にぶつかってるのに、なんで爆発しないんだよ!」
「魔法じゃないよ」
「風で運んでるだけだよ――精霊がね」
液体がマルスへ付着する。
瞬間、先ほどよりも大きな爆発がマルスを襲う。
身体中から黒煙を吐くマルス。
「……なんだよ……この威力は」
「精霊が悪戯したんじゃない」
「君たち嫌われていそうだし」
マルスの側面へ回り込むナナセ。
「君は丈夫だから、もう一撃ぐらい必要だよね」
脇腹へ拳を叩き込むナナセ。
同時に、拳の先で魔法陣が展開された。
炎と風が混ざり合い、至近距離で炸裂する。
マルスの巨体が吹き飛んでいった。
新型抽出機にぶつかって止まるマルス。
「ぐはっ……!」
新型抽出機へ歩み寄るナナセに、レミントが呟く。
「このぐらいじゃ、この装置は壊れないが……」
「世界を変える発明だぞ」
「大事に扱ってほしいものだな」
そんなレミントを無視してゆっくりと歩を進める。
「逃げる準備は終わったの?」
「――逃がさないけどね」
「では、奥の手と行こうか」
冷たい目でマルスを眺めるレミント。
「まだ……だ……」
「俺は……まだ、戦える……」
マルスが顔を上げ、刀に体重を預けながら起き上がる。
「知っている」
「貴様は帝国軍よりも屈強なのだから」
「そのために用意したのだからな」
レミントがマルスへ歩み寄る。
その手には、黒い金属で作られた、小型の“器”が握られていた。
マルスの顔から笑みが消えた。
「レミント……待て……」
器の表面には、赤い脈のような光が走っていた――
【第九十一話へ続く】




