【第八十九話】助けを呼ぶ声
〈フェルコルクス王城・地下〉
――オボロとヒナノは、順調に通信魔導具を破壊していた。
同時に、妨害用魔導具も設置していく。
「これで最後ですね」
「通信網は完全に途絶えました」
「これで、念話や感知系の魔法も妨害できるね!」
オボロは頷く。
「当初の任務は達成です」
「ナナセ様たちと合流しましょう」
二人は廊下を歩き始めた。
その時だった。
「……!」
ヒナノの足が止まる。
「……」
オボロも足を止める。
ヒナノは耳を澄ませていた。
「今の……聞こえた?」
「はい……子供の泣き声でしたね」
静寂の先から、子供のすすり泣く声が聞こえた。
「……あっち」
ヒナノは迷わず駆け出す。
「ヒナノ!」
「ごめん!ちょっと見てくる!」
オボロは短く息を吐いた。
「……分かりました」
「私は周囲を確認します」
「そちらは頼みましたよ――」
ヒナノはそのまま暗い通路へ消えていった。
石壁に囲まれた細い通路。
灯りはほとんどなく、奥へ進むほど空気は冷たくなっていく。
そして。
古びた木製の扉が、開いたままになっていた。
身を潜めて部屋の内部を確認するヒナノ。
「……なにこれ」
そこは広大な地下空間だった。
床一面に蝋燭が並べられていた。
静寂の中、蝋燭の火だけがゆらゆらと揺れている。
ゆっくりと忍び込むヒナノ。
「……祭壇みたい」
広場のさらに奥から、子供の泣き声が聞こえてきた。
その幻想的な光景から、一瞬で現実へ引き戻される。
奥に進むと帝国技術開発局の白衣を着た人間が何人も倒れていた。
「酷い火傷の跡」
「帝国の人間なのに、なんで殺されてるの……」
大剣を構えなおして足を進めるヒナノ。
すると、さらに開けた空間にたどり着く。
無数の蠟燭が、中央部の鉄格子に囲まれた檻を照らしていた。
そして、その中で身を寄せ合う子どもたち。
腕には枷。
足には鎖。
怯えた瞳に泣き腫らした顔。
ヒナノは思わず目を見開く。
「……っ!」
その瞬間だった。
一人の幼い少女と目が合う。
少女は一瞬だけ驚いた。
だが。
次の瞬間には、震える手を鉄格子の隙間から伸ばしていた。
「お姉ちゃん……」
「――助けて」
とてもか細い、かすれた声だった。
だが。
それだけで、十分だった。
ヒナノは大剣を握り直す。
優しく笑う。
「もう大丈夫だよ」
「お姉ちゃんがみんなを助けるから」
ヒナノが一歩前へ出た、その瞬間。
奥から乾いた足音が響く。
「……おいおい、どこの誰だ?」
黒い外套を纏った男が現れる。
帝国軍の鎧ではなく、研究員の白衣でもない。
無機質な仮面で表情を隠し、静かにヒナノを見据えていた。
自分の足元に、白衣姿の研究員を転がす仮面の男。
床には赤黒い血が広がっていく。
「そこの女」
「途中で図体のでかい男に会わなかったか?」
大剣を構えたままのヒナノ。
「……そんな男は知らない」
「……マルスめ、またさぼりやがったな」
「ヴェーネ様」
黒装束の男の一人が声をかける。
「なんだ」
「マルス様は上に行かれました」
「レミント局長からの救援要請を受けたようです」
「……なら、マルスの持ち場は誰が引き受けたのだ」
「私たちの班で――」
最後まで言い切る前に、血しぶきを上げて倒れる黒装束の男。
他の黒装束たちに緊張が走り、後ずさりする。
「引き受けたのなら、この女がここにいる責任は貴様たちにあるな」
「仕事をするか、俺に斬られるかどっちがいい」
黒装束たちを睨むヴェーネ。
その言葉に応じるように、数人の黒装束がヒナノに襲い掛かる。
複数の刃がヒナノを襲う。
子どもたちが悲鳴を上げた。
「いやぁっ!」
「逃げて!」
先ほどの少女も鉄格子へしがみつく。
「お姉ちゃん!」
子供たちに笑顔を向けるヒナノ。
「大丈夫だよ」
「――この程度」
ヒナノの目が鋭くなり、大剣を振り下ろす。
そのまま、黒装束の一団を一撃で吹き飛ばす。
ヴェーネを睨むヒナノ。
「あなたたちが何者かなんて今はどうでもいい」
「この子たちには指一本触れさせない!」
仮面の下でヒナノを見つめるヴェーネ。
「子供を回収するだけの簡単な仕事だったのにな……」
「……ヴェーネ様、転送魔法の時間も迫っています」
黒装束の一人が声をかける。
「なら、貴様らも突っ立てないで行け!」
「手ぶらで帰れるわけないだろ」
「――教祖様から任務なんだぞ」
(教祖様……?)
ヴェーネの言葉に眉をひそめるヒナノ。
だが、すぐに別の黒装束の集団が襲い掛かってくる。
難なく捌いていくヒナノ。
だが、ぞっとするような殺気を感じて後ろへ跳ぶ。
一人の黒装束の身体を貫いて、レイピアが襲い掛かっていた。
「おいおい、これも通じないのかよ」
「味方を壁にするなんて、人のすることじゃないよ」
「これだけ俺の部下を潰しておいて、こいつだけ特別扱いかよ」
「これだから“女”は嫌いなんだよ」
「被害者面しやがってよ」
「反吐が出るぜ」
「……」
「あぁ?なんだよその顔は?」
「……斬りかかってきたのそっちだよね?」
「子供たちもおびえさせてる」
「これだから“低能”は嫌いなんだよね」
一瞬だけ、静寂に包まれる。
「おいおいおいおい」
「言ってくれるじゃねぇか」
「くそアマがよぉ!」
「いい加減、黙ってくれない?」
「余裕とユーモアがない男嫌いなの」
頭に血が上り、耳まで赤くなっているヴェーネ。
「――決めた」
「てめぇは殺すだけじゃ足りねぇ」
「男を舐めたこと、後悔させてやるよ!」
ヒナノが笑みを浮かべる。
「やれるといいね」
こめかみに青筋が浮かび、鼻息が荒くなっていくヴェーネ。
不意に、ヒナノの笑顔が揺れたように感じる。
(……なんだ、今のは)
目を細めて改めて見るが、ヒナノに変化は無い。
ただ、床に並ぶ蝋燭の炎が、わずかに揺らいでいた。
(……蝋燭のせいか)
笑顔のままのヒナノを睨みつける。
「ムカつく顔しやがって……」
「命乞いは聞かねぇからなぁ!」
目に見えない速度で、レイピアの斬撃を放つ。
そして。
同時に地面を踏み込み、ヒナノに襲い掛かる。
――ヒナノの腹部にレイピアが刺さる。
「……あぁ?」
手ごたえに違和感を覚えるヴェーネ。
――腹部を中心にヒナノが“割れていく”。
「――ようやく気付いたの?」
「鏡相手に話しかけるなんて、シャイなのね」
声がする方に目を向けると、入り口にヒナノと子供たちがいた。
「あなたが男について教えてくれるんだっけ?」
「あなたごときに教わることもないし」
「――私の相手はもう決めてるの」
ヒナノを睨みつけるヴェーネ。
笑みを浮かべて、子供たちを後ろに庇うヒナノ。
「あと――もっと周りを見たほうがいいわよ」
「あぁ!?」
ヴェーネの足元が赤く光る。
顔が青ざめていくヴェーネ。
「おいおい、魔法も使えるなんて聞いてな――」
衝撃音が響く。
衝撃波で蝋燭の明かりが消えていく。
静寂が訪れる。
内部を覗き込んで安全を確認したヒナノ。
「もう大丈夫だよ」
子供たちに向き合い、頭をなでていく。
「――また派手にやりましたね」
「どこ行ってたのよ――オボロ」
オボロがゆっくりと近づいてくる。
「――厄介な人物に会っていただけですよ」
「会いたくなかったのですが」
「とりあえず――」
「子どもたちを連れて、ここを離れましょうか」
「そうだね」
「この子たちを安全な場所に避難させないとね」
ヒナノは子どもたちを守るように抱き寄せる。
地下施設を後にする。
蝋燭だけが残された部屋を背にして――
【第九十話へ続く】




