【第八十八話】嵐の中で
〈フェルコルクス王城・庭園〉
キィィン!!
甲高い金属音が夜空へ響く。
火花を散らしながら二人がすれ違う。
互いに数歩進んだところで足を止めた。
静寂が庭園を包む。
夜風だけが木々を揺らしている。
キショウがゆっくりと口を開いた。
「……良い剣だ」
「エルフの森の時とは別人だな」
サツキは双剣を下ろさない。
「あの頃の私とは違うから」
「もう――負けるつもりで剣を振るうことはないわ」
キショウは小さく笑う。
「なるほど」
「無駄な迷いが消えたようだな」
次の瞬間。
二人の姿が消えた。
ドォン!!
衝突と同時に石畳が砕け散る。
長太刀と双剣。
重い一撃と鋭い連撃。
一合。
二合。
十合。
庭園を縦横無尽に駆け回る。
兵士たちは息を呑む。
「……見えない」
「どっちが押してるんだ?」
剣戟だけが庭園に響いていた。
キショウの一閃をサツキは紙一重で躱す。
木が一本、音もなく倒れた。
「避けたか」
「……剣帝でも“こざかしい真似”するのね」
「――よく気づいたな」
「その長さで居合なんて不自然だと思ってたの」
「呼吸とも合ってないわ」
サツキは息を整える。
「――伸縮自在の長太刀だったなんてね」
キショウは笑みを浮かべながら、太刀を見せる。
「その通りだ」
「昔、キオウ島で修行した際にな」
「――腕だけでは勝てないなら、技術を組み合わせればいい」
「勝つためなら、格好など気にする必要はない」
「さて……」
「高速の居合の正体を見抜いたのは褒めてやろう」
「だが、俺の剣はそれだけじゃないぞ」
「――ついてこれるかな?」
キショウが軽く数度、地を蹴る。
次の瞬間、その姿が掻き消えた。
「……ちっ」
それでも、双剣で捌くサツキ。
「まだまだ上げていくぞ?」
キショウの姿が、残像を作りながらサツキに襲い掛かる。
「舐めないでよ……」
息を大きく吸い込むサツキ。
(――大丈夫)
(“まだ見えている”)
踏み込む脚に力を入れるサツキ。
衝撃音と共にサツキも消える。
剣戟の光と音だけが、庭園を支配していた。
――サツキの目にはキショウの残像が“はっきりと見えていた”。
「この速さについてこれるとは……」
キショウが感嘆の声を漏らす。
「うるさい……こっちは集中したいの」
「……長くやりたいなら黙っていなさい」
「なるほどな……」
「さすがに、残像ではなく本体だけを追う境地までは届いていないか」
「……うるさい」
(腹立つわね)
(こっちは、大嵐の中で雨風に濡れないような感覚だってのに……)
「たった一回の百鬼予行で、肉体の枷を外せるようになったのか」
「やはり――優秀だな」
サツキと違い、キショウは最小限の動きだけで全てを受け流していた。
「いい速度だ――だが、まだ浅いな」
「肉体だけで、脳はまだ追いついていないようだな」
「肉体に続いて、脳の枷まで外すのは負担も大きいからな」
「なら――これでトドメとしよう」
長太刀が閃く。
サツキの肩口を掠める。
鮮血が舞う。
――だが、それでも止まらない。
歯を見せて、野性的な笑みを浮かべるサツキ。
「……この程度」
「毎日だったわ」
その言葉と共に踏み込む。
キショウが目を開く。
「――ようやく、表情が変わったわね」
真正面からぶつかる。
キィィィン!!
双剣が長太刀を押し返す。
長太刀を返して、サツキに斬りかかるキショウ。
新たに鮮血が舞うが、双剣は止まらない。
キショウの目が僅かに見開いた。
「痛みを感じないのか?」
「いや違うな」
「――痛覚を意識の外へ追いやっているのか」
サツキは答えない。
ただ剣だけを振るう。
〈キオウ島・山岳地帯〉
――百鬼予行中
サツキの剣は日に日に速く鋭くなっていた。
それでも。
ノワキの剣は速くて、脳が追いついていなかった。
「……呼吸で判断するというより、勘に近いわね」
サツキの呟きに微笑みかけるノワキ。
「そんなことありませんよ」
「勘だけで私の剣に触れることはできませんから」
「でも、勝てる未来は見えないわね」
「師匠の姿でさえ、乱れた残像にしか見えてないのだけど」
「雑音もひどいし」
「それは脳が追いついていないだけです」
「慣れれば、そのうち視界がはっきりとしてきますよ」
「これだけ敗北を重ねているのですから」
「――さて、休憩は終わりですね」
「……休憩って言葉知らないでしょ」
「失礼ですね……知っていますよ?」
「傷を自分のものにするための大事な時間ですから」
「――敗北を重ねてこそ、宿る力もありますから」
「身体も頭も、限界を知って」
「――初めてその先へ進めるものですから」
〈フェルコルクス王城・庭園〉
「あまり無理しすぎると明日に響くぞ」
キショウの煽りを無視して、速度を上げるサツキ。
「……無粋ね」
「今が最高に楽しい時間なのに」
「まだ終わりじゃないわ」
――サツキだけに聞こえていた雑音が消える。
――キショウの残像が消えていく。
今、はっきりと姿が見えた――
サツキが一歩踏み込む。
踏み込みと同時に姿勢を低くし、キショウの懐に入る。
双剣が交差する。
ザッ――
キショウの頬を一筋の赤が流れた。
静寂が庭園を包む。
キショウは傷へ指を当てる。
赤い血。
それを見つめ――笑った。
「届いたか」
「ようやく」
サツキは剣先を向ける。
「次は頬じゃ済まさない」
キショウは嬉しそうだった。
「そうか」
「素晴らしいな」
サツキは眉一つ動かさない。
「最初から、そのつもりよ」
キショウは長太刀を握り直した。
その瞬間。
空気が変わる。
兵士たちが思わず後ずさる。
「今までは試していただけだ」
「ここから先は――本気で参ろう」
サツキも静かに双剣を構え直す。
「望むところよ」
「自分だけが、手を抜いていたわけじゃないのよ」
サツキの双剣に魔力が宿っていく。
――夜風が止む。
二人が同時に踏み込んだ。
轟音。
剣圧だけで庭園の木々が揺れる。
火花が夜空を埋め尽くした――
【第八十九話へ続く】




