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【第八十七話】命の価値

〈フェルコルクス・王城・大広間〉


レミントは穏やかな笑みを浮かべたまま続ける。


「新方式では、一体の精霊から複数回の抽出が可能となります」


商人たちは興味深そうに耳を傾ける。


「もちろん、精霊側への負荷は増加します」


「数回の抽出後――精霊個体は消滅します」


一拍置く。


「ですが、その代償を上回る成果が得られました」


会場の一部がざわつく。


「……消滅?」


だが、その疑念を押し流すように、別の商人が口を開いた。


「今まで一度しか使えなかった資源を、繰り返して利用できる……」


「素晴らしい!」


「画期的だ!」


拍手が広がる。


カルスも静かにその様子を見つめていた。


レミントは満足そうに頷く。


「これにより」


「軍事利用だけでなく、産業面でも飛躍的に成長を遂げるでしょう」


「さて――この後は実際に抽出の様子をお披露目しましょう」


「準備の間、質疑応答の時間を設けましょう」


帝国技術開発局の研究員が抽出機の周りで作業を始める。


商人が順々に質問を投げかける。


「――爆発などの危険性は?」


「――器の容量の自由度は?」


「――資源となる精霊の調達方法は?」


商人の質問に流暢に返事をしていくレミント。


「――器の容量に合わせて、抽出量に制限を設けています」


「――将来のために、小型化も大型化も研究中です」


「――それは企業秘密です」


そんな中、ミヨがナナセの顔を覗き込む。


「……我慢の限界なんてとっくに超えてるでしょ?」


笑みを作るナナセ。


「もういいのかい?」


「ラソルから連絡も有ったわ」


「“問題ない”だって――」


一つ息を吐くナナセ。


そんなナナセを見つめるミヨ。


「私たちは避難するわ」


「ついでに、無関係者の避難誘導もこっちでやっておくわ」


「ありがとうね」


「……無理しないでよ?」


「あなたは、私にとっても大事な人なんだから」


優しい笑みを浮かべるナナセ。


「――知ってるよ、ミヨ」


「なら、よかったわ」


ミヨは笑みを返し、その場を離れた。


ミヨを目で見送った後、レミントを睨むナナセ。


ゆっくりと手を挙げ、質問者としてレミントと対峙する。


「……レミント」


静かな声だった。


全員の視線が、ナナセへ集まる。


「一つだけ聞かせてください」


レミントは不思議そうに首を傾げる。


「何でしょう」


「あなたは先ほど、精霊が消えると言いましたね」


「ええ、抽出効率向上の代償です」


「避けられない事象にすぎません」


「そうですか」


ナナセは小さく頷く。


そして。


「あなたにとって――精霊とは何ですか」


レミントは笑いだす。


「……いや、失礼」


「少々、意外な質問でした」


「もっと技術的なお話かと思っていましたので」


「とても圧を感じる雰囲気でしたので、身構えていましたが……」


笑いが漏れるレミント。


「失礼――」


「精霊とは何か……単純ですよ」


「――資源です」


「木や鉱石と同じです」


「人々の生活を豊かにするための」


「極めて有用な資源です」


「一つ一つは有限ですが、世界中に転がっている資源です」


その瞬間。


ナナセは目を閉じた。


深く息を吐く。


怒鳴らない。


拳も震えない。


ただ。


静かに目を開いた。


そして、ナナセが胸元へ指を触れる。


次の瞬間。


身を包んでいた商会服の輪郭が揺らいだ。


偽装魔法がほどけていく。


その下から現れたのは――フリニア王国騎士団の制服だった。


「その服は……」


ナナセの姿を見て、会場が騒めき立つ。


「……話にならないね」


一言呟くナナセ。


その一言で、会場の空気が凍り付いた。


「こんなところに、フリニア王国の人間が混ざっているとは……」


「戦争中にもかかわらず、このような場所まで足を運ぶとは」


「随分と余裕がおありなのですね」


帝国軍兵士が慌てて飛び出してきて、ナナセを取り囲む。


無言のナナセに笑みを浮かべて話しかけるレミント。


「それとも、寝返りたいのですか?」


「フリニア王国と違って、先進的な我らがヴェルトム帝国に」


ナナセは首を横に振り、口を開く。


「――いい加減黙ってもらえないかな」


「あなたは最初から、精霊を命として見ていない」


「だから」


「消えることを、代償としか言えない」


「自分の技術力のなさを、代償と言い訳してる」


レミントは少しだけ眉を寄せる。


「……技術力がない?」


初めて、レミントの笑みが消えた。


「夢想家は、随分と簡単に言ってくれますね」


「精霊を守るだけで、人々の生活が豊かになるとでも?」


声が徐々に強くなる。


「進歩には犠牲が必要なんだ!」


激昂していくレミント。


ナナセは静かに答える。


「犠牲を選ぶのは、犠牲になる本人だけだ」


「それを決める資格は、あなたにはない」


ナナセの言葉に、青筋を浮かべるレミント。


「えぇい!言わせておけば!」


「敵国の兵だ!」


「――さっさと黙らせろ!」


その一言で。


帝国兵たちが一斉に手を武器へ伸ばす。


〈王城・庭園〉


――ナナセが大広間で囲まれていた頃。


庭園では、一人の男が月を見上げていた。


夜風が木々を揺らす。


背後から足音が近づいてくる。


「こんなとこにいたのね――キショウ」


キショウは振り返らない。


「――来ると思っていた」


「しかし、随分と雰囲気が変わったな」


サツキが足を止める。


「――キオウ島」


予想外の単語に、眉をひそめて振り返るキショウ。


「なるほど――百鬼予行か」


「懐かしいな」


サツキが双剣へ手を添える。


「あの百日は、私を剣士にしてくれた」


「その答えを見せに来た」


キショウはサツキと目を合わせる。


そして、小さく笑う。


「ようやく剣士の眼になったか」


キショウも長太刀へ手を掛ける。


サツキは静かに構える。


「あの日の借りを返させてもらうわよ」


夜風が止んだ。


二人の間に、静寂だけが流れる。


そして、互いの姿が同時に消えた。


キィン!!


月夜に無数の火花だけを残して――


【第八十八話へ続く】


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