【第八話】小さな友達
〈シドー商業区〉
孤児院を出て、少し歩いた先のカフェに入る4人。
早速ヒナノを問い詰めるサツキ。
「ヒナノ!あれは何!知ってたの!?」
「……もうちょっと休ませてよ」
各々紅茶を口にして一息つく。
「先月、市場の巡回中に子供たちのトラブルに遭遇しちゃって、
助けた代わりに孤児院を案内してくれたの」
「商業ギルド運営の孤児院みたいだから、さっさと帰ろうと
したんだけど……」
「”あれ”に遭遇しちゃって」
「何者なのか気になるけど、うかつに近づくとやばそうで……」
「そうだね。”あれ”は、簡単に踏み込まないほうがいいね」
「――視線も、少し感じるしね」
「わかった、オボロ?」
「……私ですか?」
「どうせ侵入するつもりだったんでしょ」
無言で紅茶を飲むオボロ。
「わかった?」
「……承知しました」
そのやり取りに、少しだけ空気が和らぐ。
遅れてやってきたケーキを食べていると、4人の空気が少しずつ
和らいでいく。
「……あ」
ヒナノが、入口の方を見て声を上げる。
一人の男が入ってくる。
その後ろに、小さな少女。
「――ガザミ隊長」
サツキが言う。
ガザミはこちらに気づき、軽く会釈しながらそのまま近づいてくる。
「お前ら仕事中だろ?」
「昼間からデートとはソギイと似た性格なのか?」
「あくまで視察中です」
「そうだよ!ソギイと違ってセクハラしないし!」
淡々と答えるサツキと舌を出しながら答えるヒナノ。
二人を見て苦笑いを浮かべるガザミ。
「……わかってるよ」
「この前の模擬戦見てりゃ、最年少支部長の理由も何が目的なのかも
大体わかる」
サツキとヒナノはナナセがほめられたことに嬉しそうになる
「ガザミさんは今日非番だったよね」
「家族サービス?」
「……あぁ。娘のアルルだ」
ガザミの後ろで、少女がその場でくるくると回っていた。
「……?」
ヒナノが首を傾げる。
誰かと遊んでいるような動き。
だが――そこには誰もいない。
「すまないな」
ガザミが頭を下げる。
「少し落ち着きがなくて」
「いえ」
ナナセは少女を見る。
視線が、わずかに細くなる。
少女は笑っていた。
空中に手を伸ばしている。
「ほら、こっち!」
誰かに話しかけるように。
だが何も見えていない。
「最近……こうなんだ」
ガザミが低く言う。
「誰もいないところで話したり、笑ったりする」
ほんのわずか、声が揺れる。
「医者には見せたが……異常はないと言われた」
「嫁さんに先立たれていてな」
「それでも平気な顔して、毎日笑顔でいてくれたんだが……」
「気づいてやれなくてよ」
「最近は一緒にいる時間を増やしてるんだ」
「……今更だがな」
拳が、わずかに震えていた。
空気が重くなる。
サツキとヒナノは目を合わせ、オボロは何も言わずにナナセを見る。
視線を感じたナナセは、静かに口を開いた。
「……それ、”精霊”だね。生まれたばかりかな?」
空気が止まる。
「……精霊?」
ガザミが眉をひそめる。
「そう」
ナナセは少女を見る。
「まだ契約前だね。アルルちゃんに興味津々って感じだね」
少女は、楽しそうに笑っている。
何もない空間に向かって。
「見えているのか」
ガザミが問う。
「一応ね」
「……なぜ言い切れる」
「……師匠がエルフだからね――その影響かな」
ナナセは軽く流す。
オボロの視線が、わずかに動く。
(……それだけじゃないでしょうに)
だが、何も言わない。
「悪霊ではないんだよな…」
ガザミが不安な様子で聞く。
「少なくとも、今のあの子の様子を見る限りは違うね」
「怖がらせたいなら、あんな笑い方はしないし」
「精霊と友達になれるなんてすごいね!」
ヒナノがアルルを眺めながら話す。
「ん~、付け加えるなら“運がいい”なのかな」
「精霊って、意外とどこにでもいるけど好みが激しいからね」
「魔力や性格の相性もあるし……」
「まぁ、実力がすごい可能性ももちろんあるよね」
ナナセは頷いた。
ガザミの表情が、わずかに変わる。
安心と、不安が混ざった顔。
少女がこちらを見た。
「生まれたばかりなら、名前をつけてあげてもいいの?」
ぱっと笑う。
ナナセは一瞬だけ視線を止める。
そして、ゆっくり首を振った。
「――それはできないよ」
「えー、なんで?」
「名前は、つけるものじゃなくて教えてもらうものだから」
「精霊が契約したくなったら、初めて教えてくれるものなんだよ」
「……そっか!」
アルルは少し考えたが、あっさり納得する。
「その子ともっと仲良くなりたいんだったら、歌や楽器を
練習するといいよ」
「エルフの神官は歌や楽器で精霊と会話するんだって」
「お父さん!楽器ほしい!」
「……せっかくならお母さんが使ってたやつにするかい?」
「それがいい!」
笑顔のアルルと頭を下げるガザミ。
「……助かった」
「気味の悪いものではない、とわかっただけでも十分だ」
「気にしなくていいよ」
ナナセは軽く言う。
「逆にもっと注意深くした方がいいかもしれませんね」
オボロが静かに口を挟む。
「確かに。精霊関係でやらかすかもしれないし」
「……誰かさんみたいに」
「エルフの森に幽閉かもね。7年ぐらい」
サツキとヒナノはナナセをジト目で見ながら同意する
「でも、羨ましいわ」
「素敵な友達になれるといいわね」
サツキがアルルを見ながら微笑む。
少女も嬉しそうに笑った。
だが、オボロは、ナナセの横顔を見ていた。
何も言わずに。 ただ、確かめるように。
「なに?オボロ?」
「いえ、隠し事が多い主だなと思っただけです」
「男はね、多少は秘密があったほうが格好つくんだよ」
「……秘密は女性のほうが似合いますよ?」
「”誠実”のほうが男性には似合います」
肩をすくめるナナセ
「なら少女と精霊に似合うのは、何なのかな?」
「――安全と明るい未来ですね」
ナナセとオボロはアルルを眺めていた。
ナナセは視線をわずかに細める。
(……安全か……遅かったかもしれないね)
さっきまで感じていた“視線”は、ナナセから逸れていた。
――いや。
何かが、確かに“アルルを見ていた”。
【第九話へ続く】




