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【第九話】静かな取引

〈領主邸、応接室〉


長いテーブルの奥、短辺の上座に領主アカマが座っている。


その対面の下座にナナセ。


オボロはその一歩後ろに控えていた。


――ナナセは、三方向からの視線を受けていた。


「よく来たな」


「俺がシドーの領主のアカマだ」


その右隣に、同じ血を感じさせる男。


「クナマだ。商業ギルドマスターを務めている」


ナナセは一礼した。


「新しくシドーの支部長を拝命しましたナナセです」


「挨拶が遅くないか?」


アカマが開口一番に嫌味をぶつけてくる。


「前任のソギイは優秀だったのにな」


「……優秀だから栄転したんですよ?」


「……ふん、栄転ね?」


「えぇ。優秀ですので」


「しかし、領主との面会にしては立ち合い者が個性的ですね」


クナマの隣には、見覚えのある男が座っていた。


「オルフェさん、先日はどうも」


「えぇ、シドーにはすっかりとなれたようで?」


「ナナセさんの周りは連日楽しそうですよ?」


オルフェは微笑みながら挨拶を返す。


「……よく見ていらっしゃる」


「ですが、こんな大都会は簡単には慣れませんね」


「――帝国の兵士も多いみたいですので」


「えぇ」


オルフェが、柔らかく頷いた。


「この街は、外からの客も多いものですから」


ナナセはアカマの左隣に座る帝国軍の男に目をやる。


「こちらはヴェルトム帝国軍のシャーマン将軍」


「俺の客人だ」


アカマがシャーマンを紹介し、シャーマンは無言でナナセを

品定めしている。


空気が、わずかに重くなる。


「――本題に入ろう」


アカマが指を組む。


「今後の我々と騎士団の関係についてだ」


「要望はあるか?」


「まずは経理部門の外部委託の解除ですね」


「なっ!!」


クナマが身を乗り出す。


「それは我々商業ギルドとの契約違反だぞ!」


立ち上がるクナマを、アカマが手で制した。


「そちらからの依頼だったと記憶しているが?」


ナナセは崩さない。


「状況が変わっただけですよ」


「……ずいぶん勝手な理屈だな」


アカマが低く言う。


「ですが、経理に詳しい人物が来ましたので」


「“優秀”ですよ?私の副官は」


オボロは頭を下げる。


「……港湾部の警備委託はどうする」


「そちらは継続で構いませんよ?」


アカマが目を細める。


「理由は?」


「我々が人材不足なのは変わりませんので」


「こちらの準備が整った際に、改めて相談させていただければ」


ナナセは淡々と言う。


「それに――」


一瞬だけ、視線が動く。


「そのためのお客人なのでは?」


「貴様が気にする話ではない」


「……失礼しました」


シャーマンが口を開く


「……勘違いしていないか?」


「我々は“客人”であることを」


「支部長であるなら発言には気を付けたまえ」


「年齢は言い訳にならんぞ?」


「……肝に銘じておきますよ」


ナナセは笑ったまま、視線を外さない。


「あぁ、それともう一つ」


アカマに視線を戻し人差し指を立てるナナセ。


「騎士団が抱えている商会との取引を再開したいのですが」


「こちらも本部から、なぜ使わないのかと言われますので」


「……貴様は依頼ばかりだな?」


「自分自身が強くても組織は回らんぞ?」


「勉強になります」


「……オボロ」


オボロが前に出る。


小さな箱が、静かに卓上に置かれる。


――誰も動かない。


アカマが顎で示す。


クナマが箱を開いた。


中には大量の金貨と宝石。


「……ほう?」


「元商業ギルドマスター……商人相手に手ぶらでは来ませんよ?」


ナナセは淡々と言う。


「お互い、不利益は避けたいので」


アカマの視線が、金貨に吸い寄せられる。


そして、ゆっくりと口を開く。


「――よかろう」


「前任者も優秀だったが」


ナナセを見る。


「お前も悪くない」


ナナセは軽く頭を下げた。


「どうも」


会談は終わる。


形式上は、穏やかに。


だが全員が理解している。


これは“確認”だ。


互いにどこまで踏み込めるか……


――領主邸からの帰路でオボロが口を開いた。


「よろしかったのですか」


「何が?」


「港湾についてです」


ナナセは歩きながら答える。


「いきなり全部動かすと面倒でしょ」


「まずは整理」


「それに、あの手は泳がせないとね」


「狙いも裏の人物の有無もわからないし」


ナナセは眼下の都市に目を向ける。


「まずは味方を増やして騎士団を立て直さないとね」


「鍛冶ギルドに、商会……」


「使えるところから全部使おうか」


「忙しくなるよ?」


オボロは小さく頷く。


「承知しています」


その声には、迷いがない。


ナナセは一瞬だけ、港に視線を向けた。


錨を下ろしている複数の帝国軍の軍船。


周囲で働く帝国兵士たち。


オボロも同じ方向を見る。


――主人が見ているものを、確かめるように。


【第十話へ続く】

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