【第八十五話】華やかな占領
〈鍛峰王国フェルコルクス・王城〉
御者が馬車の扉を開く。
ミヨが先に降り立ち、柔らかな笑みを浮かべた。
「ミリアド・オラクル商会です」
「本日はよろしくお願いします」
受付の兵士が招待状を確認する。
招待状と商会の登録書類が照合される。
「確認しました――どうぞ」
兵士の視線がナナセたちへ向く。
ミヨが自然に紹介した。
「こちらは補佐と護衛の者たちです」
簡易的な身体検査の後、笑顔を向ける兵士。
「ご協力ありがとうございます」
「――お通りください」
一行は何事もなく城内へ足を踏み入れた。
王城の廊下には、美しい装飾品が並んでいた。
金属細工。
宝石細工。
精巧な歯車を組み合わせた工芸品。
どれもドワーフたちの技術力を物語っている。
ヒナノが小さく声を漏らした。
「すごい……」
サツキも静かに見回す。
「ここまでの技術があるなら、世界中から人が集まるのも納得ね」
だが、その景色の中に違和感があった。
廊下を巡回する兵士たち。
彼らは帝国の軍服に、統一された装備を身に着けていた。
ここがドワーフ王国であることを忘れそうになるほどだった。
ナナセはその光景を静かに見つめていた。
(……これが占領か)
力で奪うだけではない。
気づけば日常そのものが塗り替えられている。
そんな支配だった。
やがて、一行は大広間の手前にたどり着く。
その先には、高い天井に巨大なシャンデリア。
中央には演壇が。
そして。
その背後には、大きな布で覆われた何かが置かれていた。
ナナセは一瞬だけ視線を向ける。
(あれが……)
「気になる?」
隣でミヨが小さく笑う。
「でも、まだ見ちゃダメ」
「お楽しみは後で、ね」
「それまでは、私のドレス姿でも堪能しててよ」
「その色のドレスは見たことなかったよ」
「似合ってるよ」
ナナセの言葉に頬を赤くするミヨ。
「……私たちは堅苦しい護衛装束なのに、随分楽しそうね」
サツキたちがジト目でナナセを見つめていた。
オボロも咳払いをして、ナナセを見つめてくる。
「……そもそも、作戦中です」
「私たちは別行動になりますが、くれぐれもまじめにお願いしますね」
ナナセは苦笑いを浮かべながら頷いた。
「みんなも――気を付けるんだよ」
護衛用の待機区画へ向かうオボロ達を見送る。
そして、ミヨと共に大広間に歩を進めるナナセ。
――そんな大広間には、既に多くの招待客が集まっていた。
帝国軍の士官。
商会の代表。
技術者。
ドワーフの代表者たち。
その最前列には、一人の男が立っていた。
火傷跡の残る太い腕に、立派な髭を蓄えたドワーフ。
――カルス王。
王冠を戴き、穏やかな表情を浮かべていた。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」
静かな拍手が響く。
「鍛峰王国フェルコルクスとヴェルトム帝国は」
「新たな時代を共に歩み始めました」
「本日の発表が、その未来を示す第一歩となることを願っています」
再び拍手が広がる。
ナナセは何も言わずに手を叩く。
(あれが、カルス王……)
国を守るために帝国を選んだ男。
その表情からは、真意までは読み取れなかった――
〈フェルコルクス王城・庭園〉
カルス王が挨拶をしていた頃、一人の男が静かに座っていた。
一本の大樹の下で、目を閉じ、微動だにしない。
風だけが枝葉を揺らす。
その静寂を破るように、足音が近づいてくる。
「こんなところにいたんですか」
「――キショウ様」
帝国軍の士官がキショウへ声をかける。
「キショウ様、警備の任務中です」
「グランリー将軍もエフレモ様もいなくなったので」
「指揮を執ってください」
「そんなものに興味ない」
「警備も異形兵にさせればいいだろ」
「ダメです」
「あんなもの表に出したら、外部からの出資が途絶えますよ」
「それをレミントに伝えるべきだな」
「ダメです、死にたくないので」
「……えぇい、面倒だな」
「私はこのまま外を警備するから、中は貴様が指揮を執れ」
「貴様も一般兵ではないだろう。中は任せた」
「……ほんとに警備をするんですよね?」
「するさ」
「――懐かしい気配もするしな」
〈フェルコルクス王城・大広間〉
一方、その頃。
大広間では照明が少し落とされていた。
壇上へ、一人の男が歩み出る。
白を基調とした研究衣に丸眼鏡。
黒髪をオールバックにした男。
――レミントだった。
彼は会場を見渡し、小さく一礼する。
「皆様、本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
穏やかな笑みを浮かべる。
「それでは、帝国技術開発局が完成させた」
「――新たな技術をご覧いただきましょう」
会場の視線が、一斉に布で覆われた展示物へ集まった。
その幕が、ゆっくりと上がろうとしていた――
【第八十六話へ続く】




