【第八十四話】反旗の夜
〈鍛峰王国フェルコルクス・旧工房〉
工房に静寂が流れる。
ラソルは壁に掛けられた古びた地図を外し、作業台の上へ広げた。
そこにはフェルコルクスの街並みが描かれていた。
中央には王城。
その周囲には幾つもの工房や鉱山への道が記されている。
ラソルが指先で王城を示した。
「今、この国の中枢はすべて帝国が押さえている」
「王城」
「鉱山」
「大工房」
「そして警備も、すべて帝国軍だ」
オボロが地図へ目を落とす。
「フェルコルクスに兵はいないのですか?」
「ああ」
ラソルは苦々しく頷いた。
「必要最低限しか兵士はいない」
「兵士になりたがる者が少なくてな」
「皆、モノづくりを選ぶ」
「それに、専売技術と外交だけで争いは防げるって考え方だった」
ラソルの言葉に反応するサツキ。
「兵士も騎士もいないなんて、ふざけてるわね……」
「言葉だけで国を守れるって言うの?」
「言葉だけで争いが起きることもあるのに」
サツキを見つめるラソル。
「その通りだな」
「……今となっては甘ちゃんな考え方だと、みんなわかってるさ」
「侵攻された後に気づいても意味がないわよ」
「まぁまぁ、落ち着きなよ」
そんなサツキをなだめるナナセ。
「騎士として思うことはあるんだろうけどさ」
「歴史も思想も違うからね」
「それに――意味がないわけじゃないよ」
「僕らが意味あるものにすればいいんだから」
ナナセの言葉を聞いて、ヒナノも頷いていた。
「悪をしっかり懲らしめないとね」
そんな二人を見て落ち着きを取り戻すサツキ。
「それもそうね」
「そのためにここに来たんだから」
「……続けてくれる?」
「あぁ……」
「現状は帝国軍が占領している状態だ」
「名目上は王国の警備協力だけどな」
サツキが腕を組む。
「今の王は、それを受け入れているのね」
「受け入れた」
「というより、もともと取り決めていたらしいな」
ラソルは静かに答えた。
「今の王――カルス王は先代王……つまり俺の親父の弟にあたる」
「職人として、親父には最後まで敵わなかった」
「あの人はずっと、自分では国を守れないと思っていた」
「だから帝国の兵器や帝国軍を見て――」
「"誉れ"では国は守れないと考えた」
少しだけ目を伏せる。
「だからこそ、帝国と手を組まざるを得ないと考えた」
ナナセは黙って耳を傾けていた。
善悪だけでは語れない。
そんな重みを感じていた。
ミヨが地図の別の場所を指差した。
「そして、その帝国とカルス王が主催する発表会が明日行われるの」
「場所は王城の大広間」
「招待客は正面から入場するわ」
「商会の名前で入る私たちも、その流れに乗る」
ナナセたちは頷いた。
オボロが確認する。
「裏は?」
ラソルが答える。
「帝国軍が固めている」
「侵入は難しい」
「なら正面突破が一番自然ね」
サツキが小さく笑った。
「堂々と入る方が怪しまれない」
ヒナノも笑う。
「潜入って感じしないけどね」
その言葉に工房の空気が少しだけ和らいだ。
ラソルは再び真剣な表情へ戻る。
「発表会が始まれば、帝国軍の主力は王城へ集まる」
「その瞬間」
「我々反帝国派も動く」
ナナセが視線を向ける。
「クーデターか」
「ああ」
「各地の主要拠点で一斉に蜂起する」
「王城は混乱の後だ」
オボロが口を開く。
「王城から帝国兵が制圧に向かうのでは?」
「問題ない」
「あそこは堀に囲まれてるから、橋を落とせば出られない」
ヒナノが首を傾げながら、ラソルを見つめる。
「王城の中の人たちが人質にならない?」
「各国の目がある。発表会の最中に人質なんて取れば外交問題だ」
「だが、リスクはできるだけ控えたい」
「そのために」
「王城内の連絡用魔導具を壊し、妨害用魔導具を設置してほしい」
「各地の蜂起は同時刻に始まるからな」
「情報が遮断されれば、帝国軍は各地の状況を把握できなくなる」
「戦力差を考えると、気づかれずに主要拠点を抑える必要がある」
ナナセを見つめるラソル。
「――私たちは私たちの戦いをする」
「君たちは君たちの役目を果たしてくれ」
ナナセは静かに頷いた。
「分かった」
「僕たちは発表会へ向かう」
ラソルも頷き返す。
互いに余計な言葉はなかった。
作戦は決まった。
――翌日の夜。
フェルコルクス王城。
無数の灯火が城壁を照らし、夜空を鮮やかに染め上げていた。
正門には豪華な馬車が次々と到着する。
各国の商人。
貴族。
帝国の高官。
招待客たちは笑みを浮かべながら城内へ足を運んでいく。
その列へ、一台の馬車が静かに加わった。
側面に刻まれた紋章。
――ミリアド・オラクル商会。
ナナセたちは互いに視線を交わす。
帝国主催。
新技術発表会。
その幕が、静かに上がろうとしていた――
【第八十五話へ続く】




