【第八十三話】職人の誇り
〈鍛峰王国フェルコルクス・旧工房〉
フェルコルクスへ入国したナナセたち。
ミヨの案内で細い路地を進んでいた。
人目を避けるように、街の中心から離れていく。
やがて。
一軒の古びた工房の前で足を止めた。
炉には火が入っていない。
看板も外されている。
だが、中だけは綺麗に片付けられていた。
ミヨが静かに扉を叩く。
内側からゆっくりと扉が開いた。
現れたのは、一人のドワーフだった。
灰色の作業着に煤で汚れた革の前掛け。
太い腕には、幾重もの火傷の跡。
男はナナセたちを一人ずつ見回す。
そして静かに口を開いた。
「……来てくれたか」
ミヨが頷く。
「紹介するわ」
「彼が今回の協力者」
「ラソルよ」
男は深く頭を下げた。
「ラソルだ」
ミヨがナナセたちを見ながら続ける。
「先代国王ドゾル陛下のご子息になるのよね?」
ラソルは苦笑した。
「そんな立派なものじゃない」
「もともとこの国は世襲制じゃないしな」
「今も昔もただの鍛冶師だ」
その言葉に嘘は感じられなかった。
工房の中を見渡せば、並ぶのは武器ではなく工具ばかりだった。
ラソルがヒナノを見続けていた。
「……なに?何も触ってないよ?」
「……その剣」
「少し見せてくれないか?」
正確には、ヒナノの背中。
巨大な大剣を見続けていた。
「いいよ」
ヒナノが素直に背中から下ろし、ラソルは両手で受け取った。
まるで宝物に触れるように。
目を閉じる。
――数秒後、目を開いた。
「……間違いない」
その声には驚きが混じっていた。
「ジェネシス様の魔力を感じる」
ナナセたちが顔を見合わせる。
「分かるんですか?」
サツキが尋ねる。
ラソルはゆっくりと頷いた。
「素人は全体を見る」
「だが、本当に見るべきなのはそこじゃない」
剣を優しく撫でる。
「宿った魔力と鉱石の折り重なりだ」
「どれほど技術を真似ても、この魔力の組み方だけは偽れない」
静かな笑みを浮かべた。
「ジェネシス様らしい」
「武器ではなく、意思を鍛え上げている」
そう呟き、大剣をヒナノへ返した。
「――ありがとうな」
「いいものを見せてもらえた」
ラソルは深く頭を下げる。
「この武器を託された方々だからこそ、私たちの願いを託したい」
オボロが静かに問う。
「それだけで?」
ラソルは真っ直ぐ答えた。
「――すべてを信じたわけではない」
「だが、話を託すには十分だ」
「ジェネシス様は、信念のない者へ武器を託す方ではない」
「その方が認めた者なら、信じる価値はある」
短い沈黙が流れる。
やがてラソルは工房の炉へ目を向けた。
火の消えた炉。
煤だけが残っていた。
「ここは親父が見習いだったころに修行していた工房だ」
「技術と共に誇りや伝統を教わり、時に見て盗む」
「それらを繰り返して、自分自身の糧にしていく」
「新しい技術も感性も……」
「先人の技を学び、その矜持を受け継いだ先に」
「新しいものが生まれる」
ナナセと向き合うラソル。
「……私は王になりたいわけではない」
拳を握る。
「だが」
「今、この国で作られているものは――ドワーフの技術ではない」
声に怒りが滲む。
「ドワーフとしての誉れも美学も何もない」
「親父が求めていたものはあんなものじゃない」
「ただ、命を奪うためだけの兵器だ」
「精霊を利用し、命を材料とする研究」
「――そんなものを、ドワーフの技術と呼ばれたくない」
工房に静寂が落ちる。
ナナセが口を開いた。
「だから僕たちに?」
ラソルは深く頭を下げた。
「お願いしたい」
「帝国と現王政を止めてくれ」
「ドワーフの誉れを、どうか取り戻してほしい」
ナナセは静かにラソルを見つめた。
その瞳に宿るのは、王族としての覚悟ではない。
一人の職人としての願いだった。
ナナセはゆっくり頷く。
「話を聞かせて」
「君たちの国で、今何が起きているのかを」
ラソルも頷いた。
「……ありがとう」
火の消えた工房で。
ドワーフの未来を左右する話し合いが、静かに始まった――
【第八十四話へ続く】




