【第八十一話】迎えに来た商人
〈とある港湾都市〉
――馬車の中から、一人の女性が姿を現した。
派手さはない。
だが、身にまとったドレスが上質なものであることは一目で分かった。
柔らかな笑みを浮かべ、優雅に一礼した。
「久しぶりね――ナナセ」
ナナセが目を細める。
「相変わらず、手際がいいね」
「――ミヨ」
ミヨは変わらぬ微笑みを浮かべたまま、小さく頷いた。
「えぇ……お迎えに参りましたの」
顔を上げたミヨが、改めてナナセを見つめる。
その頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
「久しぶりに会うと、尚更かっこよく見えるわね」
「そう?」
「百鬼予行で、男まで磨いてきたのかしら?」
「そんな修行はなかったと思うけどねぇ」
ナナセが困ったように笑う。
ミヨは少しだけ距離を詰めた。
「困るわ」
「また好きになっちゃうもの」
「”また”なんだ?」
「ずっと好きだし、更新されるものなのよ」
「うへぇ……相変わらずだねぇ」
「ナナセ様」
静かな声が割って入る。
オボロが無表情のまま、二人の間へ一歩踏み出した。
「いつまで戯れるんですか」
「あら、久しぶりね。オボロ」
ミヨが優雅に微笑む。
「相変わらず、私とナナセの邪魔が上手ね」
「そんなとこまで修行できるのかしら?」
「邪魔ではありません」
「それに、百鬼予行についてご存じないのですか?」
「情報屋ともあろう方が」
「……冗談まで言えるようになったの?」
「もう百日くらい修行してきなさいよ」
二人の視線が交差する。
見えない火花が散った。
ヒナノが二人を見比べる。
「久しぶりなのに、すぐこれなんだね……」
「変わらないわね」
サツキが小さく息を吐いた。
ミヨはようやくナナセから離れ、三人へ向き直った。
「サツキさんもヒナノさんも、久しぶりですね」
「うん。久しぶり、ミヨ」
「久しぶり」
挨拶を交わした後。
ナナセが港に停められた馬車へ視線を向けた。
車体には、見覚えのある紋章が刻まれている。
――ミリアド・オラクル商会。
「それで?」
「どうして僕たちが今日ここへ着くって分かったの?」
ミヨは当然のように答える。
「キオウ島にいることは把握していたもの」
「表には出してなかったんだけどなぁ」
「表も裏も関係ないわ」
ミヨは得意げに口角を上げた。
「あなたは特に秘密が多いもの」
「だから、知りたくなるのよ」
ナナセは肩をすくめた。
「さすが情報屋さん」
「……他人行儀ね?」
ミヨの眉が、わずかに動く。
「わざわざ迎えに来た女に言う言葉かしら?」
「じゃあ、商人さん?」
「もっと遠くなったわ」
「難しいなぁ」
ミヨは小さく笑う。
「大丈夫よ」
「この後、じっくり思い出させてあげるから」
「二人きりでね」
ミヨの言葉を聞き、オボロが一つ咳払いをする。
ほぼ同時に、ナナセの両足へ痛みが走った。
左にはサツキ。
右にはヒナノ。
「……二人とも、痛いんだけど?」
「そう?」
サツキは涼しい顔をしている。
「気のせいだね」
ヒナノも笑顔を崩さなかった。
ミヨはそんな四人を気にすることなく、話を続けた。
「百鬼予行は百日」
「なら、出てくる時期も読めるでしょう?」
ヒナノが目を丸くした。
「百鬼予行まで知ってたの?」
「商人は、その土地の文化を知らなければ商売にならないもの」
ミヨは港の先へ視線を向ける。
「あなたたちがキオウ島へ入った時期さえ分かれば」
「修行を終える日も予測できる」
「多少のずれを考えて、数日前から準備を進めていたのよ」
「僕たちが百鬼予行に参加するとは限らないでしょ?」
「無いわね」
即答だった。
「それに、サツキさんたちは尚更断らないでしょ」
「強くなれる機会を見逃すことはしないでしょうし」
「だからこそ、あなたは断らないわ」
「それがナナセだもの」
ナナセがわずかに目を細める。
「僕たちのこと、よく分かってるね」
「もっと教えてくれてもいいのよ?」
ミヨが再び顔を近づけようとする。
その前にオボロが口を開いた。
「キオウ島を出た後の行き先まで、予測していたの?」
ミヨが恨めしげにオボロを見る。
だが、すぐに商人の顔へ戻った。
「えぇ」
「今の帝国の動き」
「ナナセがシドーで手に入れた、ドワーフの谷製の魔剣」
「帝国がドワーフの技術を利用しているという現状」
「そして――あの技術にナナセが黙ってるわけがない」
ミヨの表情から、柔らかさが消える。
「それらを考えれば、次に向かう場所は一つでしょう?」
「鍛峰王国フェルコルクス」
「さすがだね」
ナナセが素直に頷く。
「でも僕たち、入国方法で困ってたんだよねぇ」
「でしょうね」
ミヨは馬車の扉へ手を添えた。
「現在のフェルコルクスでは、帝国主導で入国管理が行われている」
「身元の確認はもちろん、所持品も魔力反応も調べられるわ」
「観光客を装うには人数が多い」
「傭兵を装えば、武器を詳しく調べられる」
「騎士団を名乗るのは論外ね」
「全部話したっけ?」
「あなたが困りそうなことくらい、先に調べておくわ」
ミヨが微笑む。
「ナナセのために仕事をするのが、私の仕事だもの」
「商会としてのお仕事は?」
「ナナセは最優先事項よ」
「会長の娘は強いねぇ」
「幹部でもあるのよ?」
ミヨは胸元へ手を当て、優雅に一礼する。
「さて、入国方法についてだけど」
「――その問題でしたら、もう手配済みよ」
ミヨを見つめながら、笑みを浮かべるナナセ。
「さすがだね」
ミヨが微笑む。
「お迎えに来たって言ったでしょう?」
そのまま馬車の扉を開く。
「さぁ、皆さん」
「続きは馬車の中で話しましょう」
全員が馬車へ乗り込み、扉が閉じる。
そして、ゆっくりと馬車が港を離れていく。
頼れる協力者と共に――
【第八十二話へ続く】




