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【第八十話】閉ざされた谷

〈船上〉


――キオウ島を出航して数日。


穏やかな波に揺られながら、ナナセたちは甲板に集まっていた。


潮風が頬を撫でる。


百日に及ぶ修行を終えた今、別れが少しずつ現実になっていく。


ヒナノが大きく伸びをした。


「終わっちゃったねぇ」


「百日なんて長いと思ってたのに」


サツキが海を眺める。


「過ぎてしまえば一瞬だったわ」


「……また強くなれた」


腰に差した新たな双剣へと手を添える。


ヒナノも背負った大剣を軽く叩いた。


「これ、まだ慣れないけどすっごく振りやすい!」


「早く使ってみたいな!」


肩の上ではポラリスが嬉しそうに笑う。


「みんな前より強くなったもんね!」


ナナセも静かに頷いた。


「うん」


「これなら次の戦いにも備えられると思う」


その言葉に、空気が少し引き締まる。


オボロが懐から一枚の地図を取り出し、床へ広げた。


「では、今後について整理しましょう」


全員が地図を囲む。


そこには大陸各地の国々が描かれていた。


オボロがその中の一点を指差す。


「目的地はここ」


「鍛峰王国フェルコルクス」


「――別名“ドワーフの谷”です」


「帝国と接しているため、古くから友好関係にあります」


オボロの言葉に頷くナナセ。


「そして、僕らフリニア王国とは疎遠の国でもあるね」


ヒナノが首を傾げる。


「そういえばさ、ドワーフの谷ってどんな所なの?」


「鍛冶がすごいってことくらいしか知らないんだけど」


ナナセは苦笑した。


「実は僕も、そのくらいかな」


「行ったことはないし」


「知ってるのは、魔導具や武器作りで有名な工房をいくつかだけだね」


オボロも頷く。


「私も文献で得た知識程度です」


「霊峰アダマスから希少鉱石も含めて多くの鉱石が産出されています」


「そのため、建築、術式加工、魔導具開発――」


「ものづくり全般では世界最高峰と呼ばれています」


ヒナノが目を輝かせた。


「へぇー!」


「なんか楽しそう!」


サツキが静かに口を開く。


「ジェネシス様も霊峰アダマスに身を置いていたのでしょうね」


「世界樹の内部にハルモニア様がいたように」


「ええ」


オボロは頷いた。


「彼女を信仰していたのでしょうね」


ナナセは何かを思い出したように笑った。


「そういえば……昔、ジラズドさんが話してたね」


「シドーの鍛冶ギルドマスター?」


ヒナノが尋ねる。


「うん」


「『本物の職人は谷にいる』って」


「あの人も大概に規格外だったよ?」


「もっとすごい職人に出会えるかもね」


オボロが一つ咳払いをする。


「……既に問題が生じています」


オボロの言葉に目を細めるナナセ。


「……入国方法だよね」


「昔から出入りの検問はかなり厳しいらしいね」


「技術を守るため?」


ヒナノが尋ねる。


「そうだね」


「技術流出の防止や独占のためにね」


ナナセの問いに続いてオボロが答える。


「高度な技術はどの国家も欲しがります」


「設計図や製法が流出すれば、それだけで国力が揺らぎます」


「そのため、ドワーフの谷では昔から入出国の管理が厳格でした」


サツキが腕を組む。


「今は帝国の支配下」


「さらに厳しくなっていても不思議じゃない」


「ええ」


オボロは静かに頷く。


「身元確認、荷物検査。」


「帝国軍も関与している可能性があります。」


「それに、王国と帝国は戦争中です」


「目立った攻勢は無いようですが」


「王国騎士団と知られれば捕縛されるでしょうね」


ヒナノが勢いよく手を挙げた。


「じゃあさ!」


「普通に旅行者として入れば!」


オボロは即座に首を横へ振る。


「難しいでしょう」


「身元を調べられれば終わりです」


「そっかぁ……」


ヒナノが肩を落とす。


サツキが静かに手を上げる。


「王国諜報部と連携取れないの?」


「どうせフェルコルクスにも潜入してるんじゃないの?」


オボロが首を横に振る。


「無理でしょうね」


「潜入してるでしょうが……」


「我々と接触すると、身元がばれるリスクもあります」


「わざわざ、そこまでの危険を冒さないでしょう」


静かに手を下げるサツキ。


その横でナナセが地図を見つめていた。


「正面からは無理だよね」


「変装でもする?」


サツキが考える。


「帝国兵」


「商人」


「職人」


オボロは一つずつ否定していく。


「兵士は所属確認」


「商人は取引記録や許可証」


「職人は技術の証明」


「どれも簡単には誤魔化せません」


「じゃあ夜に忍び込む!」


ヒナノが拳を握る。


オボロは少しだけ苦笑した。


「谷全体が山岳地帯です」


「警備も見張りも配置されているでしょう」


「侵入経路も把握できていません」


「……無理かぁ」


甲板に沈黙が落ちる。


波の音だけが静かに響いた。


――やがて、ドワーフの谷最寄りの港湾都市に接岸する。


港へ着いた船を降りながら、ナナセが呟く。


「やっぱり、潜入するしかないね」


「でも、どうやって?」


サツキの問いに笑みを浮かべるナナセ。


「――助っ人の力を借りようかな」


怪訝な顔のサツキとヒナノ。


そんなナナセたちの前に一台の馬車が止まる。


頭を抱えるオボロ。


「……いつ呼んだんですか」


「――呼ばれていないわよ」


ナナセが答えるより先に、馬車の内側から返事が返ってくる。


その女性の声に聞き覚えのある一同。


従者が扉を開け、ナナセたちの前に一人の女性が降りてくる――


【第八十一話へ続く】


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