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【第七十九話】理論の外側

〈ドワーフの谷・帝国軍技術開発局〉


幾重にも並ぶ机に壁一面を埋め尽くす設計図。


魔法陣が描かれた黒板には、数式と術式が隙間なく書き込まれている。


棚には分解された魔導具や試作品が並んでいた。


一人の男が机へ向かっていた。


白衣の裾を揺らしながら、魔導具の内部構造を黙々と記録していく。


帝国軍技術開発局長――レミント。


――部屋の扉が叩かれる。


「失礼します」


中年の研究員が頭を下げ、入室する。


「キショウ様がお戻りになりました」


レミントは手を止めない。


「……キショウ?」


「グランリー将軍はどうした」


「帰還者の中に姿はありませんでした」


「それと……」


「技術開発局からの派遣部隊は――全滅のようです」


手を止めて研究員の顔を見つめるレミント。


研究員の青ざめた顔を見て異常事態を察する。


「通してくれ」


「はっ」


やがて扉が開く。


砂埃で汚れたままのキショウが部屋へ入ってきた。


「戻ったか」


「ああ」


それ以上の挨拶はない。


レミントは手元の器具を置き、椅子を回した。


「報告を」


キショウは淡々と口を開き報告する。


「――以上の通りだ」


「予定通り部隊を展開したが」


「エフレモが予定を無視して神焉砲を発射した」


「グランリー将軍を巻き添えにしてな」


「将軍は行方不明で、世界樹へ損傷は与えていない」


レミントの視線がゆっくりとキショウへ向けられた。


「……問題はその後だな」


「将軍の生死よりもか?」


キショウの鋭い視線を無視し喋り続けるレミント。


「前線での戦死だ」


「帝国軍将軍にとっては、何よりも名誉なことだろ」


「それよりもだ」


「――神焉砲が爆発だと?」


レミントは静かに立ち上がると、壁一面の設計図へ歩み寄る。


制御術式。


魔力循環。


暴走防止機構。


一つずつ目で追っていく。


やがて、小さく呟いた。


「……あり得ない」


キショウが口を挿む。


「だが、実際に――」


「現象を否定しているわけではない」


言葉を遮るレミント。


「私の理論では説明できないと言っている」


静かな声だった。


怒りも焦りもない。


ただ事実だけを見つめていた。


思い出したように問いかけるレミント。


「……エフレモは生還したのか」


「爆発に巻き込まれて死亡している」


「使えない男だ」


「……回収した破片はあるか」


レミントの言葉に研究員が慌てて木箱を運んでくる。


「こちらに」


箱の中には黒く焼け焦げた金属片が並んでいた。


レミントは白い手袋をはめ、一片ずつ手に取る。


表面を眺め、断面を見る。


魔力測定器も取り出して細かく調べる。


部屋には器具の微かな駆動音だけが響いていた。


――数分後。


レミントは一枚の紙へ短く書き込む。


『理論値と一致せず』


「……未知の要因か」


その一言だけ漏らした。


キショウが口を開く。


「現地を調査するか?」


レミントは破片から目を離さない。


「――いや」


「予定通り、新技術発表会を優先する」


「カルス殿との調整もあるしな」


「現地調査は後日、別働隊を派遣する」


キショウは短く頷く。


「分かった」


「その時は護衛として部隊を率いてくれ」


「……」


無言が部屋を包む。


キショウが口を開く。


「俺は技術開発局の人間じゃない」


「任務ならば将軍を通してくれ」


「神焉砲も異形兵も趣味が合わん」


踵を返し、部屋を出ていく。


扉が閉まる。


「……その将軍はどこにいるのかね」


「魔導技術を理解しようとしない愚か者め」


「だから“剣帝”止まりなんだよ」


扉に向かって吐き捨てるレミント。


研究員が恐る恐る尋ねる。


「……局長」


「神焉砲は失敗だったのでしょうか」


レミントは首を横へ振る。


「違う」


「理論は完成している」


「多少の供給過多でも、異物混入でも耐えられる動力炉だった……」


静かに破片を見つめる。


「ならば――理論の外側に要因がある」


研究員は意味を理解できず黙り込む。


レミントだけが、焼け焦げた破片を見つめ続けていた。


未知の現象。


理論では説明できない結果。


それは研究者にとって、失敗ではない。


まだ解き明かされていない問いだった。


レミントの口元が、ごく僅かに緩む。


「……興味深い。」


研究室には再び静寂が戻る。


ただ一人、その静寂だけを愉しむ者がいた――


【第八十話へ続く】


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