【第七十八話】百日の先へ
〈キオウ島・港〉
――穏やかな潮風が港を吹き抜けていた。
百日の修行を終えたナナセたちは、出航の準備を進めていた。
荷物を船へ運び込む鬼たち。
港には、この百日で見慣れた顔が並んでいた。
ヤナギ。
カエデ。
カゲロウ。
ノワキ。
カナヤ。
そして、ジェネシス。
ナナセが周囲を見渡す。
「なんだか……終わると早かったね」
ヒナノが笑う。
「百日もこの島にいるなんて思わなかったね」
サツキも静かに頷いた。
「あっという間だったわ」
カナヤが一歩前へ出る。
「出発の前に――」
「これを受け取れ」
工房から布に包まれたそれぞれの剣を持ってくる。
一振りずつ。
丁寧に並べていく。
ジェネシスもその隣へ立った。
「精霊たちも応えてくれた」
「今のお主たちなら問題なかろう」
最初にサツキへ差し出される。
「受け取れ」
サツキは両手で双剣を受け取った。
まだ抜かない。
鞘越しでも分かる。
手へ吸い付くような感覚だった。
「……ありがとう」
サツキの言葉に満足そうに頷くジェネシス。
「剣もお前を選んだようだ」
次にヒナノと向き合う。
大剣を授ける。
「わぁ……」
思わず笑みが零れる。
「思ったより軽い……」
「違うな」
カナヤが答える。
「お前に応えているだけだ」
「ヒナノだけの剣だからな」
ヒナノは、ロングソードを大切そうに胸へ抱いた。
その言葉と共に。
次にオボロに向き合うジェネシス。
「お主にはなかなか無理を言ったからな」
「じゃが、楽しかったじゃろ?」
「我儘に付き合わせたお礼と、影で支え続けている褒美じゃ」
短刀を受け取るオボロ。
「いえ……私も勉強になりましたから」
最後にナナセ。
カナヤが脇差へ手を伸ばした。
脇差を受け取るナナセ。
「……これは、お主へというよりはカエデにじゃな」
ジェネシスに促されてナナセの前に立つカエデ。
両手には一振りの刀を抱えていた。
外見はただの黒い鞘に収まっている打刀だった。
だが、その存在感だけは別格だった。
「これは歴代鬼神が受け継いできた家宝の一つ」
「――『紅閃』だ」
港が静まり返る。
「ナナセの剣に合うものを選んできた」
「……私の百鬼夜行が終わるまで」
「――貴様へ預けたい」
ナナセは驚いたまま刀を見つめていた。
「本当にいいの?」
「あぁ」
「貴様だから預ける」
迷いのない返事だった。
ナナセは静かに“紅閃”を受け取る。
――重い。
だが、それは刀の重さだけではない。
この刀が、何人もの鬼神と共に歩んできたことが伝わってくる。
受け継がれてきた時間の重みだった。
“紅閃”を見つめたあと、改めてカエデと向き合うナナセ。
「じゃあ、これはカエデへ」
カエデは両手で受け取り、ゆっくりと鞘を腰へ差した。
自然と笑みが零れる。
その姿を見たジェネシスが満足そうに頷く。
「うむ」
「契りも成ったな」
その一言にサツキとヒナノが顔を見合わせる。
「……また言った」
「もう否定する気もないのね」
カエデは耳まで赤くしながら咳払いをする。
「こ、これは文化だ」
「文化だから問題ない」
ヒナノが苦笑した。
「それで押し通すんだ……」
「自分の髪色に合わせて『紅閃』を選んだくせにな」
ヤナギがニヤつきながらカエデを見ている。
「ちちち父上!……ち違います!」
「それに、言わない約束でしたよね!?」
カエデの慌てた声とそれを聞いた面々の笑い声が広がる。
やがて。
ジェネシスがナナセたちの前へ歩み寄る。
「……改めて礼を言う」
「ありがとう」
その言葉に、全員が驚いた。
「童は創ることしかできぬ」
「だから、その先は託すしかない」
「お主たちなら」
「きっと良い未来を創ってくれる」
ナナセは笑った。
「任せて」
「ちゃんと、本来の"器"を取り戻してくる」
ジェネシスも笑う。
「うむ」
「楽しみに待っておる」
オボロが荷物を船へ運び終え、振り返る。
「準備が整いました」
ヤナギが静かに頷く。
「行ってこい」
ノワキが笑う。
「次に会う頃には、さらに強くなっていますよ」
カゲロウは腕を組んだまま笑った。
「負けるなよ」
カナヤも静かに頷く。
「剣は応える」
「だから、お前たちも応えてやれ」
四人は深く頭を下げた。
最後にカエデがナナセに近づく。
「百鬼夜行が終わったら会いに行くからな」
「それまで、無事でいるんだぞ」
ナナセが笑みを浮かべる。
「カエデこそ」
「無理しちゃだめだよ」
「また会える日を待ってるからね」
――船がゆっくりと港を離れる。
鬼たちが手を振る。
ジェネシスも。
カエデも。
全員が笑っていた。
やがて船は、大きな鳥居の下へ差しかかる。
キオウ島へ来た日。
緊張しながら見上げた大鳥居。
今は違う。
ナナセは一度だけ振り返った。
百日を過ごした島。
笑い合い。
鍛え合い。
受け継ぎ。
未来を託された場所。
「行こう」
ナナセの言葉に、サツキたちも頷く。
船は静かに大鳥居をくぐり抜ける。
百日を過ごした島は、変わらずそこにあった。
旅立つ者たちの背中を、静かに見送るように――
――第五章 完。




