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【第七十七話】創る責任

〈キオウ島・ジェネシスの工房〉


――炉へ火が入る。


轟々と燃え上がる炎。


工房内の温度が一気に上がっていく。


カナヤが世界樹の枝と精霊鉱を一つずつ選別していた。


「さて――」


ジェネシスがナナセを見つめる。


「お主の仕事じゃ」


ナナセは炉の前へ近づく。


ポラリスも隣へ並ぶ。


「精霊鉱の中に眠る精霊の力を起こせ」


「話しかければいいのかな?」


「近いの」


「願いと応答じゃ」


ジェネシスはそう言いながら、精霊鉱へ小さな手を触れた。


淡い光が鉱石の中を流れる。


「創造も同じじゃよ」


「素材へ形を押し付けるのではない」


「何になりたいのかを聞く」


「そこに人の願いを重ねる」


「そうして初めて、双方が望む形になる」


「お主の願いが明確なほど、相応しい剣へ近づくのじゃ」


ナナセも精霊鉱へ手を伸ばす。


目を閉じる。


ポラリスがその手へ自分の手を重ねた。


静かな光が二人を包む。


精霊鉱が僅かに震え、少しずつ熱を帯びながら溶けていく。


ジェネシスが満足そうに頷く。


「十分じゃ」


「では始めよう」


カナヤが槌を手に取る。


その瞬間。


工房の空気が変わった。


カン――!


最初の槌音が響く。


精霊鉱から火花が散る。


ナナセとポラリスが魔力を送り、ジェネシスがその流れを整える。


カナヤが形を与える。


カン――!


カン――!


槌音が一定の間隔で続いていく。


サツキとヒナノは言葉を失い、その様子を見つめていた。


ただ鉄を叩いているのではない。


一打ごとに。


素材の中に眠るものが目覚めていく。


そんな感覚だった。


――どれほど時間が経ったのだろうか。


カナヤが槌を置く。


「今日はここまでだ」


炉の中には、まだ剣と呼べない塊が残されていた。


だが。


そこから感じる魔力は、先ほどまでの精霊鉱とは明らかに違っていた。


「完成まで何日ぐらい?」


ヒナノが尋ねる。


「分からん」


「形を急げば、応えぬ剣になる」


「待て」


「不純物を取り除きながら精錬していく」


「剣がお前たちを受け入れるまでな」


カナヤはそれだけ言うと、再び道具の手入れを始めた。


ジェネシスは炉から離れ、ナナセへ視線を向ける。


「……少し話がある」


いつもの軽い口調ではなかった。


ナナセが頷く。


「皆も聞いてよい」


「これから関わることじゃからな」


一同は工房の片隅へ移動する。


ジェネシスは椅子へ腰を下ろし、炉の炎を見つめた。


「お主らは“器”を知っておるな」


全員の表情が僅かに曇る。


“器”――精霊を閉じ込め、力を引き出す装置。


ナナセが静かに答える。


「知ってる」


「あれを作ったのは、ジェネシスなの?」


「基礎を創ったのは先代のドワーフ王じゃ」


「童も、その完成に深く関わった」


ジェネシスは否定しなかった。


「じゃが、あれは兵器ではなかった」


「本来は、魔法や精霊に縁のない者でも」


「その恩恵を受けられるようにするための技術じゃ」


「火を灯す器」


「音を残す器」


「水を浄化する器」


「食べ物を長く保存する器」


「怪我人を温める器」


懐かしむように目を細める。


「魔法が使えぬ者も」


「精霊と契約できぬ者も」


「同じように豊かな暮らしを送れるようにな」


ヒナノが小さく呟く。


「そんなものだったんだ……」


「うむ」


「童と、先代のドワーフの王」


「そして信頼できる数人だけで、極秘に開発しておった」


「完成すれば、世界は少しだけ優しくなると思っておった」


ジェネシスの小さな手が握られる。


「じゃが――裏切り者がおった」


工房の炎が揺れる。


「帝国軍技術開発局が近づいた」


「技術を世界へ広げるためだと」


「帝国の力なら、誰もがその恩恵を受けられると言ってな」


「賛同していた者の中からも、帝国へ同調する者が現れた」


「……最初から利用するつもりだったのですね」


オボロの問いに、ジェネシスが頷く。


「精霊の力を生活へ利用するための技術は」


「精霊の力を奪い、兵器へ転用する技術に変えられた」


――“器”を利用した武具や軍船に神焉砲。


「……止めなかったの?」


サツキが尋ねる。


責める声ではなかった。


純粋な疑問だった。


ジェネシスはしばらく答えなかった。


やがて。


自嘲するように笑う。


「童は、創造へ過度に干渉せぬと決めておった」


「何を創るか」


「どう使うか」


「それは創る者が決めることじゃ」


「創造を司る童が、全ての創造へ正解を押し付ければ」


「それは創造ではなく支配になる」


目を伏せるジェネシス。


「だから見守った」


「創造には善悪が必ず付きまとう」


「自ら正しい道を選ぶと信じてな」


「じゃが……結果はこの有様じゃ」


誰も言葉を挟めなかった。


「――童も“器”を創った者の一人じゃ」


「じゃからこそ」


「自らの失敗だけを理由に、谷の全てを裁くことはできぬ」


「己が関わった創造を、己の都合で無かったことにはできぬからの」


ナナセが尋ねる。


「兵器に変えたのはジェネシスじゃないのに?」


「関係ない」


「わかっていて止めなかった以上、責任を負う立場じゃ」


「自分の創造が、どのような未来を生んだのか」


「それを見届けねばならぬ」


「でも」


ナナセが口を開く。


「ジェネシスは、“器”を作ったこと自体は後悔してないんだよね?」


ジェネシスの目が僅かに開く。


「……何故そう思う」


「“器”の本来の使い方は大発明だった」


「創った責任はあるかもしれない」


「でも、悪用した罪までジェネシスのものじゃないよ」


「――それに、僕たちの剣を作る時の顔が楽しそうだったし」


ジェネシスはしばらくナナセを見つめた。


そして。


小さく笑った。


「その通りじゃ」


「童は創造が好きじゃ」


「何かが生まれる瞬間が好きじゃ」


「昨日までなかった未来が、今日生まれる」


「それを見ることが、童の全てじゃ」


「だからこそ」


炉の炎へ視線を戻す。


「創造されたものが、人を苦しめる道具へ変えられたことが許せぬ」


「創造したことを悔いているのではない」


「創造した責任を果たせなかったことを悔いておる」


ナナセは静かに頷いた。


「今、ドワーフの谷では親帝国派が実権を握っておる」


「帝国軍技術開発局も、一部の設備を占領しておる」


「“器”は今も量産されている」


「精霊魔法によって、帝国をさらに発展させるためにな」


「豊かにすること自体が悪いわけではない」


「じゃが、そこに精霊の意思はない」


「精霊は資源として扱われておる」


ポラリスの表情から笑顔が消える。


「嫌だね」


「うむ」


ジェネシスが静かに頷く。


「だから頼みがある」


椅子から降りる。


小さな身体で。


ナナセたちの前へ立つ。


「童には、谷の者を裁く資格がない」


「じゃが、このまま見捨てるつもりもない」


「親帝国派のドワーフたちを止めてほしい」


「帝国軍技術開発局を谷から排除してほしい」


「そして」


一度言葉を切る。


「精霊を、“器”から解放してほしい」


ナナセはポラリスを見る。


ポラリスもナナセを見ていた。


迷いはなかった。


「分かった」


即答だった。


ジェネシスが目を見開く。


「よいのか?」


「精霊が困ってるんでしょ?」


「なら、精霊魔法使いとして放っておけないよ」


「それに」


ナナセは炉の中の素材を見つめる。


「誰かが創ったものなら」


「誰かが正しい形へ戻せばいい」


「“器”を壊すんじゃない」


「本来の目的を取り戻す」


ジェネシスは目を伏せる。


「……ハルモニアの言った通りじゃな」


「お主は、共に生きようとする」


ジェネシスは深く頭を下げた。


始原の精霊が。


一人の人間へ。


「頼む」


「童たちが創ろうとした未来を、守ってくれ」


ナナセはジェネシスの前へしゃがむ。


「顔を上げてよ」


「一人じゃないんだから」


後ろでは。


サツキ。


ヒナノ。


オボロ。


ポラリス。


全員が当然のように頷いていた。


ジェネシスは顔を上げる。


目尻に僅かな涙が浮かんでいた。


だが。


すぐにいつもの笑みへ戻る。


「休んでいる場合ではないの」


「剣が完成する頃には、旅支度も整うじゃろう」


炉へ向き直るジェネシス。


カナヤも槌を手に取った。


「久しぶりじゃの」


「このような気持ちで剣を打つのは」


カン――!


再び槌音が響く。


「創るというのは、未来を信じることじゃ」


カン――!


火花が舞う。


「じゃが、未来は創っただけでは終わらぬ」


カン――!


ジェネシスの瞳へ、炉の炎が映る。


「守って初めて、創る責任は果たされる」


新たな剣と。


新たな旅が。


同じ炎の中から生まれようとしていた――


【第七十八話へ続く】


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