【第七十二話】繋ぐ剣
〈キオウ島・温泉郷・修練場〉
朝日が修練場を照らしていた。
ナナセは木刀を握る。
日の出前から何度目かも分からない踏み込み。
一太刀、戻る――また踏み込む。
決められた動きをただ繰り返す。
その様子をカエデは腕を組んで見ていた。
「……どうした?」
「……そろそろこの稽古の理由を知りたいかなって」
「――そんなものは無い」
「……はあ?」
思わず声が漏れるナナセ。
笑みを浮かべながら、ナナセを見ているカエデ。
「この島に“習うより慣れろ”という言葉がある」
「最も鋭い太刀筋は、無心に振られてる剣だ」
「貴様の太刀筋にはそれが必要だからな」
木刀を振り続けるナナセ。
「無心って……」
「思考のない剣ってどうなのさ……」
「――違う」
「太刀筋を選ぶために思考を使うな」
「考える前に、身体が最適を選ぶまで叩き込む」
「目を瞑っても舞が踊れるように、骨身に叩き込んでいるのだ」
「……間違って覚えてたらどうするの」
「――愚問だな」
「私が見ているのに、間違ったまま覚えさせると思っているのか?」
「思ってないことを聞く暇があるなら、黙って続けろ」
笑みを浮かべて素振りを続けるナナセ。
――気づけば太陽が高くなっていた。
「十分だな」
「今日はここまでにしよう」
汗を拭いながら木刀を下ろすナナセ。
そんなナナセをカエデは見つめていた。
「一つ聞きたいのだが……貴様の剣は誰に教わった」
ナナセは少しだけ懐かしそうに笑う。
「親父だよ」
「剣士になれとは一度も言われなかったけど、覚えて損はないって」
カエデは黙って聞いている。
「――守る剣」
「――初撃」
「教わったのはこの二つだけ」
「魔法使いなら、生きていればいくらでも反撃できるし」
「魔法も剣も分析される前に倒すのが効率的だからね」
「――基本は魔法で戦うけど、接近されたら剣も使う」
「剣で防いで、初撃で反撃する」
「それがだめなら、そのまま魔法へ繋げる」
「それが僕の剣」
静かな沈黙。
やがてカエデが頷く。
「……良い師だな」
「よく見ているし、論理的だ」
ナナセは少しだけ嬉しそうに笑う。
「そう?」
「あぁ」
「親父は、必要なものだけ教えてくれた」
「あとは、実践と思考の繰り返しだった」
「……そういう教育方針だったんだよね」
「……いい父親なんだな」
「ただの酒飲みだよ」
「だが……」
カエデは修練場の中央へ歩く。
ナナセに正対し木刀を構える。
「一つだけ足りん」
「え?」
「来い」
「……今日の稽古終わりじゃないの」
「素敵な親子の美談のお礼だ」
「……素敵な要素あった?」
ナナセを睨みつけるカエデ。
「なら、こちらから行こう」
ナナセへ距離を詰めて木刀を振り下ろす。
慌てずに木刀を構えるナナセ。
――カンッ!
木刀がぶつかる。
カエデが続けざまに木刀を振るう。
それでもナナセは、崩れることなく受け流していく。
連撃は徐々に激しさを増す。
それでも、ナナセの呼吸は乱れない。
「その胆力は立派だな」
「だが――この速度が限界なんだろ?」
笑みを浮かべてる二人。
「……いじめないでよ」
「なら――反撃していいぞ?」
わざと隙を作るカエデ。
ナナセが初撃を放つ。
「――初日よりはましだな」
難なく受けているカエデ。
鍔迫り合いの中、魔法を発動しようとするナナセ。
だが。
カエデが半身をひねりナナセの間合いへ入り込む。
「っ!」
左手で抜いた脇差が喉元で止まる。
静寂。
ナナセは木刀を下ろす。
「……なるほど。」
「何がだ。」
「剣と魔法の間で一回止まってる」
カエデは満足そうに笑う。
「ようやく見えたか」
「父親の教えは間違っていない」
「守りの剣も悪くない」
「初撃も素晴らしい」
「だが――攻め手における剣の利点を活かせてない」
ナナセは考え込む。
「初撃しか考えてない」
「――そう」
「いいか――剣は一撃では終わらない」
「主導権を握り、相手を想定通りに動かしている間」
「その流れが途切れるまで、全てが一撃だ」
カエデは木刀を納める。
「そして……」
「初撃で決まらなかった時こそ――主導権を握れ」
「剣がだめだから魔法へ繋ぐのではない」
「剣も魔法も相手の防御も全て含めて、一撃にする」
ナナセが目を細める。
「……全てを一撃として考えるの?」
「そうだ」
「一太刀で終わらせる必要はない」
「二太刀でもない」
「三太刀でもない」
「魔法までの繋ぎでもない」
「相手に勝つ、その瞬間まで」
「貴様の剣は終わらん」
その言葉にナナセは静かに息を吐いた。
(親父は……魔法使いとしての剣を教えてくれた)
(カエデは……その剣をもっと伸ばそうとしてるんだ)
不思議だった。
教えは違う。
なのに――目指している場所は同じだった。
「全てを含めた一つの剣として覚えろ」
「明日からは初撃の矯正では終わらん」
「まずは、剣だけで一つの流れを身に付けさせる」
ナナセは木刀を握り直す。
「うへぇ……」
「また地味な修行になりそう」
カエデが笑う。
「魔法とは違う」
「地味なものほど戦場では強い」
「――剣とはそういうモノだ」
風が温泉郷を吹き抜ける。
ナナセはもう一度だけ木刀を構えた。
今度は、その一太刀を終わらせないために――
【第七十三話へ続く】




