【第七十一話】生きる者たち
〈キオウ島・港町〉
――朝焼けの光を浴びながら船上にいたヒナノ。
冷たい潮風が頬を撫でていた。
ヒナノは漁船の上で必死に網を引いている。
「うぅ……重い……!」
腕が震える。
足元もふらつく。
漁師たちは笑いながら次々と網を引き上げていく。
「おいおい――どうした嬢ちゃん」
「力自慢だと聞いているぞ?」
「なんだ、そのへっぴり腰は!」
「腰を使え!腰を!」
「はいっ!!」
必死だった。
それでも。
終わる頃には腕が上がらなくなっていた。
昼前。
空を見上げた漁師が眉をひそめる。
「今日はここまでだな」
「帰るぞ」
ヒナノは驚く。
「えっ!?」
「まだ魚いるよ?」
漁師は笑った。
「明日も海へ出るためだ」
船は静かに港へ戻っていく。
――帰り道。
ヒナノがぽつりと呟く。
「まだ、やれたと思うのに……」
「逃げたみたい……」
隣を歩くカゲロウが答えた。
「――違う」
「命知らずと命懸けは違う」
「生きて帰る奴だけが――また命を懸けられる」
「あの漁師たちを見ろ」
ヒナノはカゲロウに言われたとおりに視線を向ける。
家族に出迎えられて子どもを肩車する父親たち。
恋人に迎えられて手を取り合う鬼たち。
今夜はどの酒場へ行くかで盛り上がっている鬼たち。
「命があるから日常を迎えられるんだ」
ヒナノは黙って鬼たちを見つめていた。
――翌日。
今日は鍛冶場にいたヒナノ。
赤く燃える炉。
轟く槌音。
カン――!カン――!
職人は一振りの刀を打っていた。
だが。
わずかに顔をしかめる。
そのまま火へ戻した。
「え?」
ヒナノが目を丸くする。
「今ので十分じゃないの?」
「綺麗な形状だったよ?」
職人は首を振る。
「――駄目だ」
「刃が僅かに狂った」
「……最初からやり直しだ」
ヒナノは思わず声を上げる。
「そこまでやるの?」
職人は炎を見つめたまま答えた。
「半端な刃は持ち主を殺す」
「俺は人を斬らねぇ」
「だが、この刀は人を斬る」
「持ち主が何のために振るうかまでは、俺の知ったことじゃねぇ」
「だが――命を預ける道具を作った責任はある」
その言葉にヒナノは息を呑んだ。
――帰り道。
ヒナノは、自分が振るってきた剣を思い浮かべていた。
「持ち主の責任って何だろう……」
カゲロウが静かに言う。
「武器は飾りじゃねぇ」
「命を預かる道具だ」
「何のために振るうかも決められねぇ剣に、明日はない」
カゲロウの言葉がヒナノの胸の中に響いていた。
――翌日。
今日は畑にいたヒナノ。
照りつける陽射し。
土の匂い。
鍬を握るヒナノは汗だくだった。
「思ったより地味だね……」
農家が笑う。
「腹が減れば剣は振れねぇ」
「畑が止まれば、町も止まる」
「剣鬼に鍛鬼だけじゃねえ」
「この島には、普通の鬼も小鬼もドワーフもいるからな」
「皆等しく、食べることで命を繋いでいる」
「俺たちは命を頂いて、命を繋いでるってことよ」
ヒナノは畑を見渡した。
見渡す限り、畑が続いていた。
それでも、その全てを毎日手入れしていた。
――帰り道。
「命を頂いているか……」
農家の鬼の言葉を思いだすヒナノ。
カゲロウが呟く。
「世界を支える仕事は、大体地味だ」
「真理ってやつも、案外そんなもんだ」
――その日の夕暮れ。
丘の上。
島を見下ろしながら二人は腰を下ろしていた。
港では船が戻る。
鍛冶場からは槌音。
畑には人影が残っている。
ヒナノが静かに口を開いた。
「みんな違う」
「でも……みんな命懸けだった」
カゲロウは首を振る。
「少し違う」
「え?」
「ただ命を懸けてるんじゃねぇ」
「生きるために命を懸けてるんだ」
風が吹く。
島中に灯がともり始める。
「ガラス職人」
「漁師」
「鍛冶師」
「農家」
「みんなやってることは違ったろ?」
ヒナノは頷く。
「うん。」
「みんな違う」
「でも……みんな格好良かった」
カゲロウが笑う。
「ようやく見えてきたな」
「何が?」
「役目は違う」
「だが――芯だけは、誰も曲げちゃいねぇ」
「それが生き様だ」
「……さてと――明日はまた違う場所へ行くぞ」
「まだあるの!?」
「百日じゃ足りねぇくらいにな」
「この島でけでも、どんだけの役割があると思ってる」
「それに、たった一日でわかった気でいるんじゃねぇ」
「体験が終われば本格的に修行するんだよ」
笑うカゲロウ。
その横で。
ヒナノは静かに空を見上げた。
(私は……)
(何を懸けて、誰のために、この剣を振るうんだろう)
問いはまだ答えにならない。
けれど。
島で出会う人たちの生き様が、その答えへ近づけてくれていた――
【第七十二話へ続く】




