【第六十九話】百日後の約束
〈キオウ島・温泉郷〉
――昼前。
湯治を終えたナナセは、湯気の立ち上る温泉街を歩いていた。
「今日は稽古まで時間あるね」
肩の上でポラリスが伸びをする。
「温泉巡り?」
「そうだね……」
「海岸沿いに砂蒸し温泉ってのがあったから、挑戦してみる?」
「砂に埋もれるみたいだよ」
初めて聞く単語に興味津々なポラリス。
「何それ!?気になる!」
「じゃあ行ってみようか」
――海岸沿いを歩く二人。
すぐに目当ての施設は見つかる。
「あっ、この服着るんだ……裸じゃなくて」
「男女一緒みたいだね」
「なら、どっちが長く我慢できるか対決だよ」
「……純粋に楽しみなよ」
目が輝いてるポラリスと苦笑いのナナセ。
順番に案内されて、砂の上に寝転ぶ二人。
「すでに砂が熱いね」
そのまま砂をかけられる二人。
「……重たくて熱い……」
「我慢勝負じゃなかったの?」
――数十分後、待合室で倒れているポラリス。
「ちゃんと砂を洗い流せたの?」
「……もちろん」
「予想以上に、気持ちよかったね」
「……ナナセ……アイス買って……」
「汗もすごくかいたし」
「……ナナセ……アイス……」
「……調子乗って無理するから」
アイスキャンディーを買って戻ってくるナナセ。
二つに割って片方を手渡す。
「はい、こっちはポラリスの」
「なら、こっちは童のじゃな」
知らない声がナナセに向けられる。
声の主に目を向けると、灰色の髪の幼い少女だった。
背中の大きな工具袋が不釣り合いに映っていた。
「迷子?」
「違うわ」
「汚れを落としに来ただけじゃ」
「そしたら、おいしそうなものを見つけたのでな」
少女の目はナナセのアイスキャンディーから離れない。
そのまま差し出すナナセ。
「おっ、話が分かる男じゃな」
「人間にしてはいいやつじゃ」
そのまま、ポラリスと並んでアイスキャンディーを食べる二人の少女。
「この人間は、お主の契約者か?」
「そうだけど?」
「アイスはやってもナナセはやらないよ?」
「いらんわ」
「人のものに手を出すのは恐れ多いしな」
「ならいいけど」
「じゃが、いい男よ」
「実力も器量もある」
「よくわかってる」
ナナセを褒められてうれしそうなポラリス。
ナナセの左腕を見つめる少女。
「……まだ治っとらんな」
「温泉だけでは足りぬぞ」
ナナセは少し驚く。
「よくわかったね」
「見れば分かる」
少女は当然のように答えた。
「モノ作りは、五感を研ぎ澄ませて行うものじゃからな」
「壊れたもんを見るのも得意じゃ」
「小僧」
「はい?」
「焦るなよ」
「完成を急いだもんほど、すぐ壊れるものじゃ」
「馳走になったな」
それだけ言って立ち去る少女。
「変わった子だったね。」
ポラリスが呟く。
「うん。」
ナナセも苦笑した。
「でも嫌いじゃないかな。」
「さてと……」
「どこ行くの?」
「あっちにおいしそうな氷菓子あったから、食べに行こうかな」
「ポラリスと違って、僕は甘いもの食べてないし」
ポラリスの目が丸くなっていく。
「……ずるい」
「……ずるいのじゃ」
「……なんでいるの?」
「童もあれが気になっていたのじゃ」
「……あげるなんて言ってないよ」
「器量の狭い男じゃ」
「……代わりにいいことを教えてやろう」
紙切れに文字を書きだす少女
「午後になったらここに行くいい」
「お主にとっては必要な話じゃ」
紙切れを受け取るナナセ。
「――さてと氷菓子じゃ」
「氷菓子♪」
「……二人とも食べるのは、決定事項なのね」
――午後、ナナセとポラリスは工房街を歩いていた。
カン、カン、カン――
工房街では金属を打つ音が響いていた。
職人たちの息遣いが街に溶け込んでいる。
二人は石畳を歩き進めていた。
「氷菓子おいしかったね♪」
「食べすぎじゃない?」
「そんなことないもん」
苦笑を浮かべるナナセ。
「――そろそろ見えてきそうだね」
ナナセは紙切れの住所を目指していた。
やがて巨大な鍛冶場へ辿り着く。
轟く炎。
巨大な炉。
壁には無数の刀。
その中央に、丸太のような太い腕をした大柄な鬼が立っていた。
鍛鬼頭領――カナヤ。
「――来たか」
短い一言だった。
「来るってわかってたみたいだね」
「――あのお方には逆らえないからな」
「逆らう理由もない」
「――自分勝手なのがたまに傷だがな」
ナナセと向き合うカナヤ。
「で――用件は何だ」
「僕には必要だとしか言わなかったんだけどね……」
「これのことだと思うんだ」
ナナセは布を広げる。
中から現れたのは、ハルモニアからもらった特殊な素材。
世界樹の枝
精霊鉱。
それらを見てカナヤの動きが止まる。
工房そのものの空気が一変した。
無言のまま枝へ触れ、精霊鉱を持ち上げる。
静かに目を閉じた。
「……出所はハルモニア様だな。」
「うん。」
それだけで通じた。
説明はいらなかった。
カナヤは静かに布を畳む。
「確かに、貴様にとってここは必要な場所だったな」
ナナセは包みを受け取る。
「――百日後」
「その時が来たら改めてお願いしたいんだ」
カナヤが目を細める。
「……ほう」
「サツキもヒナノも……」
「今は自分の剣を探してる途中だから」
「修行が終わった後の二人には、新しい剣が必要になるからね」
カナヤは豪快に笑った。
「がっはっは!」
「分かっとるではないか!」
炉の火が大きく揺れる。
「武器は最後だ」
「武器は人を映す鏡だからな」
「芯が決まれば、刃は自然と決まる」
ナナセも笑った。
「だからお願いがあるんだけど……」
「この島一番の刀鍛冶のカナヤさんにこれで剣を打ってほしい」
「もちろん、全部任せる気はない」
「僕の精霊魔法なら手伝える」
「それに、ハルモニアから預かったものだから」
「この素材には、責任を持たないといけない」
カナヤは嬉しそうに頷く。
「当然だ」
「人任せにするような小僧なら追い返してる」
「鍛冶とは、鉄を打つことではない」
ナナセを強いまなざしで見つめるカナヤ。
「人を打つことだ」
その言葉に、ナナセは静かに笑った。
「その考え好きだね」
「最高の武器を作ろう」
「違うな」
「――最高の剣士になった者へ」
「相応しい武器を打つ」
ナナセは、カナヤの言葉に満足そうに深く頷く。
「あぁ、約束だね」
二人は固く握手を交わした。
――ナナセが去ったあと、工房へ一つの小さな影が入ってくる。
カナヤは即座に姿勢を正す。
「……ジェネシス様」
そう呼ばれた人物は、先ほどの少女だった。
少女はけらけらと笑う。
「そう固くなるでない」
「面白い男じゃったろ?」
「えぇ……作り手として育てても面白いかと」
「あやつは、あくまで精霊魔法使いじゃよ」
「本人がそう願っているからのぉ」
ジェネシスが目を細める。
「――百日後」
「もっと面白いものになる」
「童でも想像つかないぐらいにな」
カナヤが静かに笑う。
「承知しております」
「――また来るの」
「忙しいところに時間を作らせた」
そういってジェネシスは工房を出ようとする。
そして、ぽつりと呟く。
「人にしては、良い出会いじゃった」
「……気に入られましたか」
「――あやつらは面白いのぉ」
笑いながら立ち去るジェネシス。
その小さな背中を見送りながら、カナヤは静かに炉へ薪をくべる。
百日後――その日を待つように――
【第七十話へ続く】




