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【第六十八話】語られぬ役目

〈キオウ島・古社〉


山道を一人歩くオボロ。


石畳の先には、小さな神社が建っていた。


掃き清められた境内には、一枚の落ち葉すら見当たらなかった。


「失礼します」


一礼して境内へ入る。


中では白髪の老鬼が箒を動かしていた。


「珍しいのぅ」


「人間が参るとは」


オボロも頭を下げる。


「ヤナギ様の紹介で伺いました」


「……少し、お聞きしたいことがありまして」


老鬼は穏やかに笑う。


「この老骨に答えられることなら」


「何を知りたい」


「始原の精霊についてです」


「……何故じゃ」


「知る必要があります」


「それでは教えられん」


「――剣を学ぶのとは訳が違う」


無言で見つめあう二人。


オボロが再度頭を下げる。


「ではジェネシス様についての文献だけでも」


「鬼神様の紹介と言ったな……証明できるものは?」


「……こちらを」


ヤナギから預かっていた手紙を渡すオボロ。


「……なるほどな」


オボロを見つめる老鬼。


「鬼神様が他種族をここへ導くとは珍しい」


「……なるほど」


「森の巫女だったのか」


「――ついてこい」


――神社の奥。


古い書庫へ案内される。


壁一面に並ぶ巻物。


木簡。


古びた書物。


その量にオボロが目を細める。


「……これは」


「歴代の鬼神様方が集められたものじゃ」


「キオウ島の歴史、文化、鬼神の自伝――様々ある」


「読み切れる量ではないが、自由に読むといい」


老鬼はそれだけ言うと静かに席を外した。


――数時間後。


積み上がる書物。


オボロは黙々とページをめくっていた。


世界樹。


精霊。


どれも知っている内容だった。


(やはり世界樹については、エルフの森や巫女側と大きな違いは

ありませんね)


また、別の一冊を手に取る。


『創造を司る始原の精霊』


「……ジェネシス様」


表紙の文字を見て自然とその名を思い浮かべる。


鍛冶。


創造。


文明。


島で聞いた話と一致していた。


だが。


知りたいのはそこではない。


ページをめくる。


『始原の精霊は、それぞれ役目を担う――』


そこから先が読めなかった。


紙が破れている。


焼け焦げているわけでもない。


まるで、その部分だけ切り取られたようだった。


「……」


別の本を開く。


同じだった。


『創造を司る始原の精霊――』


そこまではある。


その先だけが欠けている。


三冊。


四冊。


五冊。


全て同じ。


「偶然……ではありませんね」


誰かが意図して残さなかった――そう考える方が自然だった。


「誰がではありませんね……」


歴代の鬼神の自伝に手を伸ばすオボロ。


数冊読み進めていく。


だが、そこには“鬼族を守護する者”としか書かれていなかった。


「……おかしいですね」


「世界樹の守護者としての表記がない……」


「始原の精霊についても書かれていない……」


そんな中違和感に気づくオボロ。


「意図的でしょうね」


「ページ番号が抜けています」


――日が傾き始めた頃。


書庫を出る。


老鬼は縁側で茶を飲んでいた。


「何か分かったかの」


オボロは静かに首を横へ振る。


「逆に分からなくなりました」


「ジェネシス様が創造を司ることは分かりました」


「ですが」


「何のために創造を司るのか」


「そこだけが残されていませんでした」


老鬼は少しだけ目を細める。


「……役目は」


そこで言葉を切る。


静かな沈黙。


やがて老鬼は微笑んだ。


「いや」


「やめておこう」


「わしが語ることではない」


「……もう一つ分かったこともあります」


「ここに答えはありません」


「答えは別の場所にあります」


老鬼の目が開く。


だが、すぐに微笑みに変わる。


「――わしが語ることではないな」


「知識は与えられるものではない」


「辿り着くものじゃ」


オボロはそれ以上聞かなかった。


聞いても答えは返ってこない。


そんな目だった。


――神社を後にする。


夕日に照らされる石段をゆっくり下る。


胸の中で整理する。


世界樹。


苗木。


始原の精霊。


どれも知っている。


だが。


「役目だけが書き残されていない」


まるで。


そこだけ世界から切り離されたように。


誰にも語られていなかった。


(いや……“語られていない”のではないですね)


(“語らせない”が正しいのでしょうね)


オボロは空を見上げる。


「ジェネシス様……」


「あなたは、何のために創造を続けているのですか」


その問いに答える者はいない。


(ならば――次は"本物"を探しましょうか)


山を吹き抜ける風だけが、静かに木々を揺らしていた――


【第六十九話へ続く】


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