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【第六十七話】初太刀

〈キオウ島・温泉郷〉


――湯気の立ち上る温泉郷。


約束の時間になると、カエデが腕を組んで待っていた。


「まずは温泉だ」


「……」


急に耳が赤くなるカエデ。


「……ただの湯治だからな」


ナナセとの昨日のやり取りを思い出してしまったカエデ。


呆れた目でカエデを見ているナナセ。


「……誰も何も言ってないのに」


その横でポラリスが残念そうに肩を落とす。


「家族が増えると思ったのに」


「っ!?」


カエデが固まった。


耳まで一気に赤くなる。


「な、何を言っている!」


「ま、まだ早い……!」


「わ、私はまだ嫁入り前なんだからな!」


「……相手も決まってないが」


ナナセのことをチラチラと見てしまうカエデ。


ナナセが苦笑する。


「……ポラリス、言い方」


「せめて仲間が増えるとかにしなさい」


「違うの?」


「私は奥さんが増えるのかなって思っただけなのに」


「なっ……!!」


頭から煙が出るぐらい真っ赤になっているカエデ。


その様子を見て、ナナセがため息を吐く。


「あのね……まだ奥さん0人だからね?」


「カエデも、ポラリスの言うこと素直に受け取りすぎ」


――ひと悶着あった後に温泉へ浸かるナナセ。


温泉から上がると、休憩所でカエデが待っていた。


「……長湯するタイプなんだな」


「景色がいいからついね」


「左腕はどうだ?」


「昨日よりは軽いかな」


袖をまくり左腕を見せるナナセ。


左腕の奥まで温泉の熱が染み渡っていた。


「――やはり効いているな」


カエデは頷く。


「傷は治っている」


「だが、魔力の巡りが完全ではない」


「じっくり治せばいい」


「……百日もあるのだからな」


ナナセも素直に頷いた。


「じゃあ今日は?」


「稽古だ」


「……」


無言になり、背を向けて歩こうとするナナセ。


「――どこに行く気だ」


ナナセの肩を掴みながら、冷たい笑顔を向けるカエデ。


「……また湯につかりに行こうかな」


「まだ入ってない湯もあるし」


「……稽古後に堪能すればいい」


「汗を流す必要もあるしな」


――即答だった。


〈温泉郷・修練場〉


木刀を握るナナセとカエデ。


「――構えろ」


「……僕、魔法使いなんだけど」


「知っている」


「昨日も言ったし、その前は模擬戦もしたよね?」


「鍛えない理由にはならないな」


カエデは少しだけ口元が緩んでいた。


そして、二人が向かい合う。


「始めるぞ」


カエデが踏み込む。


鋭い。


だが。


ナナセも同時に踏み込んだ。


――カンッ!


木刀が交わる。


二撃。


三撃。


間合いが離れる。


「ほぅ……」


カエデの目が細くなる。


(やはり、基礎が出来ている)


(思っていた以上にな)


今度はナナセから踏み込む。


初太刀をカエデが受け流す。


続けて二撃。


三撃。


四撃。


そこで止まった。


「……そこまでだ」


木刀を下ろすカエデ。


「どう?」


「悪くない」


「基礎は十分だ」


「飲み込みも早い」


「だが」


一歩近付く。


「初太刀だけ異様に鋭い」


ナナセが笑う。


「そりゃそうだよ」


「魔法を当てるためだから」


「……なるほど」


カエデは納得したように頷く。


「つまり剣は布石か」


「そう」


「当たれば終わるし」


「避けても魔法を撃ちやすくなる」


「だから初撃だけ少し意識してる」


少しだけ沈黙。


やがてカエデが口を開く。


「思想は違うな」


「え?」


「私は剣で勝つ」


「だが」


「勝つためなら脇差も抜く」


「手段は選ばん」


「なるほど」


ナナセも納得したように笑う。


「似てるね」


「勝つためなら全部使う」


「そこだけは同じだ」


カエデは木刀を肩へ担いだ。


「だが、一つ違う」


「貴様は初太刀を布石と考えている」


「そうだけど?」


「布石だからこそ」


静かに木刀を鞘へ納める仕草。


空気が変わる。


「一番鋭くあれ」


次の瞬間。


――ザッ。


居合。


ナナセは思わず目を見開く。


「速っ……」


「今の見えたか?」


「見えた――でも止められないかな」


カエデが満足そうに頷く。


「魔法なら受けられたかな」


カエデの笑顔が固まる。


「真偽は置いておくが――それでいい」


「相手の動きの選択肢を制限させられた」


「――初太刀とは決着をつけるためだけではない」


「相手の予定を壊すものだ」


「避けさせてもいい」


「受けさせてもいい」


「その一瞬で相手の世界を崩す」


「そうすれば」


「貴様の魔法はもっと活きる」


ナナセは静かに木刀を見つめた。


(なるほど……)


(そういう考え方もあるのか)


今までとは違う視点だった。


「今日は初太刀だけを振れ」


「……それだけ?」


「それだけだ」


「相手の予定を壊せる一太刀になるまで、な」


その日。


ナナセは何度も木刀を振った。


一太刀。


また一太刀。


カエデは首を振る。


「遅い」


また振る。


「力みすぎだ」


また振る。


「今のは良い」


「……もう一度だ」


汗が木刀を濡らす。


日が傾いても終わらない。


初太刀。


初太刀。


ただ、それだけを繰り返した。


「明日も同じことをやる」


「初太刀を磨くための打ち込みだ」


「うへぇ……地味だね」


「地味だから難しい」


カエデはそう言って歩き出す。


「貴様にとっては、剣は飾りなのかもしれないが……」


「飾りにするにはもったいない」


「私は貴様ほど魔法を使えない」


「だから教えられるのは剣だけだ」


「――百日後」


「貴様の剣を見せてもらう」


ナナセは木刀を握り直した。


「……面白くなってきた」


温泉郷へ吹く風。


ナナセの百日もまた、静かに動き始めていた――


【第六十八話へ続く】


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