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【第六十六話】魂なき剣

〈キオウ島・職人街〉


――職人たちの居住区画の一つにカゲロウの家があった。


扉をたたくヒナノ。


「……失礼しまーす」


「カゲロウさん?言われたとおりの時間に来ましたよ」


「おぉー、そのまま庭に来てくれ」


声のもとに向かう。


周りを見渡すと意外にもきちんとしていた。


庭も綺麗に整備されており、廊下には花も生けられていた。


カゲロウは庭の中心でゆっくりロングソードを振っていた。


一振り。


また一振り。


力みはない。


速さもない。


それでも、一本一本が美しかった。


「――よし、今日からよろしくな」


「……なんか言いたげだな」


「意外にも整った生活をしてるんだなって」


「ふん……当たり前だろ」


「強い奴ほど生活は乱れねぇ」


「生活が剣を作る」


「飯、睡眠、身なり――全部にこだわりがあって、全部が剣に繋がる」


「お前にないものだな」


「そん――」


「まぁ落ち着け」


反論仕掛けたヒナノに手で制すカゲロウ。


「なければ探せばいいだけだ」


「百日もあるんだからな」


団子と荷物を手に取るカゲロウ。


「――よし、行くぞ」


団子を頬張りながら歩き始める。


「え?」


ヒナノは慌てて後を追う。


「剣は?」


「置いてけ」


「えぇっ!?」


「今日は使わねぇ」


困惑するヒナノ。


「……昨日言われたんだけど」


「剣じゃなくてもいいって……」


「だから今日は斧?それとも槍?」


「違う――今日は働く」


「……はい?」


意味が分からなかった。


歩きながらカゲロウが横目で見る。


「逆に質問なんだが……剣にこだわる理由はなんだ?」


突然だった。


「え?」


「……守りたいから」


「斧でも守れる」


返事が止まる。


「まぁ……百日ある」


「その間に考えればいいさ」


それだけ言うと、また歩き始めた。


しばらく歩くと見覚えのある通りに出る。


「あっ!」


ヒナノが笑顔になる。


「昨日の切子工房!」


「面識があるならちょうどいいな」


店先には、昨日見た切子グラスが並んでいた。


思わず立ち止まる。


「あのグラス、やっぱり綺麗だなぁ」


カゲロウも止まる。


「何でだ?」


「え?」


「何で綺麗だった?」


言葉が止まる。


「色?」


「形?」


「……なんだろ」


答えられない。


そんなヒナノを尻目にカゲロウは店へ入っていく。


「親父――一人貸してくれ。」


奥から昨日の職人が顔を出した。


「お?昨日の嬢ちゃんか」


「悪いが今日は客じゃねぇ」


「弟子だ」


カゲロウの言葉にヒナノが目を丸くする。


「えぇっ!?」


「またいつものですか……」


「――構いませんよ」


「彼女が傑作に出会えるか楽しみですから」


困惑するヒナノを置き去りにして話が進んでいく。


――結局、その日は一日中工房で働くこととなった。


炉へ薪を運ぶ。


砂を運ぶ。


吹き竿を磨く。


熱気で汗が止まらない。


「熱っ!」


思わず手を離す。


職人は笑った。


「まだまだだな。」


再び炉へ向かう。


ガラスは待ってくれない。


一瞬。


集中が切れた。


ガシャッ。


透明だったガラスが床へ落ちて砕ける。


「あ……」


職人は怒らない。


静かに片付け始めた。


「もう一回だ。」


それだけだった。


――昼を過ぎる。


何本目だったか。


ようやく一本のグラスが形になる。


職人は真剣だった。


汗が頬を流れる。


火傷だらけの腕。


職人はそれでも笑っている。


ヒナノは思わず尋ねた。


「こんなに大変なのに……何で笑ってるの?」


職人は手を止めない。


「何十本失敗して、ようやく一本だ。」


「しかも、商品にもならねぇ……」


「だが――楽しいだろ?」


その言葉に頷くヒナノ。


「……確かに楽しかった」


「俺たちは毎日、もっといいものができるって信じてる」


「切子の可能性に惹かれている連中だ」


「だが、単純に――好きなんだよ」


言葉の重みに圧倒されるヒナノ。


そんな、ヒナノに一つの切子グラスを見せる。


「――魂を込めるって言葉があるだろ?」


陽の光を浴びて七色に輝く。


「あれは綺麗事じゃねぇ」


「人生削らなきゃ、人の心を動かすもんは作れねぇ」


「火傷も」


「失敗も」


「悔しさも」


「全部この一杯に刻んである」


「――これは俺の人生だ」


「だから綺麗なんだよ」


ヒナノは言葉を失う。


昨日見た切子グラス。


ただ綺麗だと思っていた。


でも。


何が綺麗だったのか。


――今ようやく分かった気がした。


その後、工房を後にするカゲロウとヒナノ。


夕焼けに照らされた帰り道を歩いていた。


カゲロウが聞く。


「――どうだった?」


ヒナノは少し考えて答える。


「綺麗なものって……」


「作る人も綺麗なんだね」


カゲロウが笑う。


「半分正解」


「え?」


「綺麗なんじゃねぇ」


「――生き様だ」


どこからか取り出した団子を一口かじる。


「覚えとけ」


「命を懸けたもんにしか、魂は宿らねぇ」


「そして、生き様が芯の強さを決める」


ヒナノは空を見上げる。


その言葉だけが胸へ残った。


そして。


無意識に腰の剣へ触れる。


(私は……)


(何を懸けて、この剣を振ってるんだろう。)


まだ答えは出ない。


だが。


その問いは確かに生まれていた。


「明日からしばらくは、いろんな世界を体験させてやる」


「ガラス切子だけじゃねぇ」


「刀鍛冶に、陶芸工房、漁業、農業、料理もだな……」


「お前に足りないものは技術じゃねぇ」


「――“芯”が迷子になってることだ」


「いろんな生き様を見せてやる」


「その中で、お前自身の芯を見つけろ」


ヒナノの目に力強さが宿っていく。


百日の旅は、まだ始まったばかりだった――


【第六十七話へ続く】


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