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【第六十五話】牙なき剣

〈キオウ島・ノワキの屋敷〉


――ナナセたちから別れた翌朝。


ノワキの住居は、山の中腹の竹林に囲まれた静かな屋敷だった。


風が吹き、竹の葉が揺れる。


「……ここ?」


サツキが小さく呟く。


先を歩くノワキは一度も振り返らなかった。


屋敷に上がり、縁側へ腰を下ろすノワキ。


「座ってください」


サツキも向かいへ座る。


沈黙が続き、鳥の鳴き声だけが響く。


十分ほど経っただろうか。


耐えきれなくなったサツキが口を開く。


「……修行は?」


「もう始まっています」


即答だった。


「え?」


「待つことも修行です」


また沈黙。


意味が分からない。


ようやくノワキが口を開いた。


「あなたはこの屋敷に来るまで、何を見てきましたか?」


少しずつ思い出しながら話しだすサツキ。


「……修練場、市場、竹林」


「他には?」


「たくさんの鬼たち……」


「剣を振る者、剣を作る者、普通に生活してる者――」


「――昨日」


サツキの言葉を遮るノワキ。


「修練場で二人の剣を見ていて、共通していたことがあります」


「――剣士としての背骨が薄すぎます」


反論したくなるが黙っているサツキ。


「確かに、あなたたちには技術がありました」


「ですが、それはあなたの剣ではない」


「――だから剣が息苦しくなるのです」


「最初の質問に戻りましょう」


「……修練場からここまで」


「私は何を見ながら歩いていたと思いますか?」


「斬るか斬られるか……そればかり見ていました」


物騒な言葉にサツキが驚愕する。


「そんな……斬るか斬られるかなんて」


「――その感想が剣士としての背骨が薄い証拠です」


「……気づきましたか?」


「魚屋の店主は左足を庇っていました」


「町で話しかけてきた剣鬼は、一度柄へ手を掛けました」


「ですが、私と目が合ったとたんに手を下げていた」


「――相手の癖や殺気を見極めるのは初歩です」


「だが、あなたはそれができていない」


「どのように生きたいかが、自分自身で見えていないから」


無言になっているサツキを尻目に、ノワキは立ち上がった。


庭へ降り、一本の竹を見上げる。


「――斬ってください」


「はい?」


急な指示に戸惑うサツキ。


「……いいから斬りなさい」


言われるがままに竹を袈裟斬りにし、ノワキを見つめるサツキ。


「切り口は綺麗です」


「ですが……」


「なんでこう斬ったのですか?」


返事ができないサツキ。


「何を斬るための剣なのか分かっていない」


「なぜその一太刀を選んだのか、自分でも答えられないのです」


「いいですか――」


「人を創るのは環境です、そして環境を創るのは人なのです」


「まずは、自身と向き合ってください」


「――今日からしばらくは剣を使いません」


「え?」


「私がいいというまで、あなたは剣を捨てます」


空気が止まる。


「……は?」


「聞こえませんでしたか?」


「剣は禁止です」


理解できない。


「……そんなの無理よ」


「そんなことしたら、この竹すら斬れなくなるのでは……」


サツキの問いかけに冷たい微笑みを返す。


「そうでしょうか?」


ノワキは一本の竹へ近づいた。


指先を添える。


次の瞬間。


サッ。


風が吹いた。


遅れて。


竹が静かに倒れる。


「!」


見えなかった。


「言っておきますが、魔法ではありませんよ」


「……さて、剣は最後です」


ノワキが竹を眺める。


「あなたは剣を振る前に負けています」


「勝負ではなく、自分自身に」


「……あなたは剣士として振舞うために必死でした」


「剣技を考え」


「魔法を考え」


「勝ち筋を考え――」


サツキが反論する。


「考えることは悪いことじゃない」


「ええ――」


「理性は必要です」


「ですが――理性だけでは勝てません」


ノワキの目が変わる。


冷たい、獲物を見る目だった。


「考える前に、出来なければならないことがあります」


「そして、斬る覚悟も斬られる覚悟も足りません」


「――だから牙が無い」


言葉が刺さる。


キショウとの戦い、修練場での戦い。


全部を思い出す。


「今日から山へ入ります」


「竹を切りません」


「木も切りません」


「獣も斬りません」


「……何をするの?」


ノワキは初めて微笑んだ。


ほんの僅かだけ。


「追います」


「逃げるものを捕まえてください」


「……は?」


「獲物は逃げます」


「風を読み」


「音を聞き」


「気配を消し」


「本能だけで追ってください」


「牙とは、獲物を仕留めようとする意思です。」


「噛みつく覚悟です。」


「――あなたに足りないものです」


サツキは唇を噛む。


意味は分からない。


だが。


この百日は、今までの修行とは全く違う――


そんな予感だけはしていた。


竹林へ吹く風。


その音だけが静かに響いていた――


【第六十六話へ続く】


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