【第六十四話】若い者同士
〈キオウ島・温泉郷〉
湯気が山肌を覆っていた。
岩場も、川沿いも、白い湯気が空へ昇る。
「ほんとに温泉だ……」
ナナセが呟く。
「だからそう言っただろう」
隣ではカエデが腕を組んでいた。
サツキ達と別れた後。
そのまま案内されて来たのが、この温泉郷だった。
「まずは治療だ」
「左腕を見せろ」
「はいはい」
袖を捲る。
カエデが眉をひそめる。
「切り落としたと聞いたが……」
「よくもここまできれいに復元できたものだな」
「ハルモニアが治してくれたからね」
「……様をつけろ」
「だが……」
「始原の精霊の力をもってしても、完治せずか……」
「表面上は治っているが、内部がまだだな」
「……わざとじゃない?」
軽々しく話すナナセをにらみつけるカエデ。
「不敬だぞ」
「――この島に長期滞在するの、わかってたんじゃないかな」
「……」
ナナセの予想外の返事に考え込む。
(……確かにそれはあり得るな。だが――)
「なんのために……」
「帝国にいるやばいやつに備えるためかな?」
「誰だそいつは」
肩を竦めるナナセ。
「――ジェネシスなら知ってるんじゃない?」
沈黙が二人を包む。
そんな二人の横で。
――ぽん。
光が弾ける。
「温泉!」
ポラリスだった。
目を輝かせながら湯気を見つめている。
カエデが目を丸くした。
「……それが貴様の契約している精霊か」
「うん、ポラリスだよ」
「よろしくね!」
元気よく手を振る。
ぎこちなく手を振り返しながら、カエデは少し首を傾げた。
「大精霊……なのか?」
「たぶん違う」
「たぶん?」
「僕もよく分からない」
「おい」
「ポラリスはポラリスで、僕の相棒さ」
「それで十分でしょ」
カエデが呆れる。
だが。
ポラリスから感じる気配は異質だった。
大精霊とも違う。
だが弱くもない。
むしろ。
底が見えない。
そんな感覚だった。
「ようやく出てこられた!」
ポラリスは嬉しそうに空を飛び回る。
「――どうせ、今までダウンしてたんでしょ?」
ポラリスの動きが止まり、ゆっくりと目を背ける。
「……」
「神焉砲のダメージ残ってたんでしょ?」
「強がってたくせに」
「……そんなことない」
「今まで寝てたくせに?」
「……ナナセも朝弱い」
無言で見つめ合うナナセとポラリス。
ナナセが堪えきれずに吹き出して笑う。
「ははっ……もう元気になったんだね?」
ポラリスが笑顔でピースサインを作る。
「そっか――じゃあ思いっきり楽しめるね」
「うん!」
本当に嬉しそうだった。
「――ほう」
低い声がナナセたちの背後から響く。
振り返ると、そこにはヤナギが立っていた。
湯気の向こうから近づいてくる。
「父上」
カエデが頭を下げる。
ヤナギはポラリスを見続けていた。
「……なるほど」
ヤナギは小さく目を細めた。
「……父上?」
「気にするな」
「ですが」
「気にするな」
「この世界は、未知で溢れているものだ」
「――だから面白い」
カエデは納得できない顔をしている。
だが、ヤナギは説明する気が無い。
「……それよりだ」
ヤナギがナナセを見る。
「腕はどうだ」
「まだ違和感はあるのだろう」
「少しだけね」
「でも、百日は暇になるからね」
「その間にゆっくり治すよ」
「この島の温泉も工房も興味あるし」
島の工房街があった方角を眺めているナナセ。
「島に興味を持ってくれてうれしいが……」
「剣には惹かれないのか?」
ヤナギの問いにナナセが首を傾げる。
「……僕、魔法使いなんだけど」
「知っている」
「剣はあくまでおまけなんだけど?」
「知っている」
ヤナギは頷く。
「――だからこそだ」
「戦い方の引き出しを増やさない理由にはならん」
「今後何があるかわからんからな」
ナナセは少しだけ考える。
反論できなかった。
実際、何度も剣に助けられてきた。
「――カエデ」
「はい」
「面倒を見ろ」
「なぜ私が」
即答だった。
ヤナギは平然としている。
「ついでに湯治の面倒も見てやれ」
「なっ、なぜ私が」
目を開いて頬が赤くなるカエデ。
「暇だろう」
「暇ではありません」
「なら時間を作れ」
「……父上!」
必死な顔で訴えるカエデ。
ヤナギがニヤリと笑いだし、口元を手で隠す。
「若い者同士だ」
「好きにやれ」
笑みを浮かべながらナナセを見つめるヤナギ。
「――好きにしていいぞ」
「絶対、それ別の意味で言ってるよね?」
ナナセが突っ込む。
ヤナギは笑ったまま、何も答えない。
ポラリスが楽しそうに笑った。
「家族が増えるの?」
ナナセが吹き出す。
「……ポラリス、言い方」
「せめて、仲間になるの?とかにしなさい」
「おい、何故そうなる」
カエデが真顔で返す。
首を傾げながらカエデを見てるポラリス。
「だって……ナナセのこと気に入ってるでしょ?」
沈黙。
空気が止まる。
カエデが固まった。
「なっ――」
耳が赤い。
分かりやすかった。
「違う!」
「違うの?」
「違う!!」
必死だった。
ポラリスは再度、首を傾げる。
「変なの」
「何がだ」
「私はナナセが好きだし、ナナセは人気者だよ?」
当然のように言う。
「だから?」
「別に好きなら一緒にいればいいじゃん」
今度はカエデが黙る。
ナナセも苦笑した。
「相変わらずだね」
「だって本当だもん」
ポラリスはけろりとしていた。
ヤナギだけが笑っている。
面白そうだった――非常に。
「……父上」
「何だ」
「斬りますよ」
「――斬れるようになってから言ってほしいな」
「さてと……あとは若い者同士で」
「百日もある」
「ゆっくり仲良くなるといい」
楽しそうな笑い声をあげたままヤナギが立ち去る。
――その背中を悔しそうに見送るカエデ。
「……明日からだ」
「百日間」
「剣も温泉も徹底的に付き合う」
「どうせなら、あの最低な父上を驚愕させてやる」
意気込むカエデをナナセとポラリスがジト目で眺めている。
「……何か不満があるのか」
ポラリスが困ったようにナナセを見る。
「……ナナセ、代わりに言ってあげて」
「うへぇ……僕斬られない?」
「斬らないから早く言え!」
ナナセは一度空を見上げてからカエデに向き直る。
「……温泉も徹底的にやるって、そういうこと?」
「……」
自身の言葉を振り返り、顔が熱を帯びていく。
まるで爆発したかのように、急速に赤くなる。
「ちちちち違う!」
「違うからな!!」
「ちょっと、剣しまいなって!」
逃げるナナセを追いかけるカエデ。
「頑張れー!」
そんな二人を楽しそうに眺めているポラリス。
ナナセにとっての百日。
その時間が慌ただしく動き始める――
【第六十五話へ続く】




