【第六十三話】百鬼予行
〈キオウ島・修練場〉
歓声が徐々に落ち着いていく。
試合場から降りたサツキとヒナノは黙ったままだった。
ナナセが飲み物を持って近づく。
「二人とも、とりあえずおつかれ」
無言で受け取る二人を見つめているナナセ。
「二人ともさ……」
「エルフの森でのこと――負けたことを引きずりすぎでしょ」
サツキが目を開き、即座に否定する。
「違う――いや、違うことは無いけど……」
サツキはナナセの左腕を注視している。
「引きずってるのは負けたからじゃない」
「――守れなかった」
「――また置いて行かれた」
「ナナセが無事なのなんて、結果論でしかない」
「剣も折られたままの……牙のない私は、隣に立つ資格なんてないの」
「“資格”ね……まだそんなこと言ってるんだ」
「……言うわよ、あなたが規格外すぎるから」
ヒナノも何も言えない。
そんな二人の前に影が落ちる。
「牙のないですか……その通りですね」
低い女の声。
顔を上げると、そこには長い黒髪の女鬼が立っていた。
鋭い目に整った顔立ち。
そして、ただ静かだった。
――まるで抜き身の刀のように。
「ですが、訂正するなら……最初から牙なんてなかったのでは?」
女鬼はサツキを見る。
怪訝な顔を向けるサツキ。
「牙がない?」
「えぇ……あなたの剣は悪くなかったですよ」
「ただ、斬りたいものが見えていない」
サツキの眉が動く。
「私は――」
「――あなたは」
言葉を遮られる。
「その男の隣に立ちたいだけの剣です」
「超えたいわけではない」
空気が凍った。
サツキの顔から血の気が引く。
図星だった。
女鬼は続ける。
「認められたい者、振り向いてもらいたい者の剣ですね」
「勝ちたい者の剣ではなく」
言い返せない。
その横から陽気な声が響く。
「おー、初対面でいきなりいじめるなよ」
振り返る。
手には団子を持った、細身の男鬼だった。
どう見ても強者には見えない。
「でも、お前さんはもっとひどいな」
男鬼はヒナノを見る。
「お前の剣、迷子だろ」
首を傾げながら男鬼と目を合わせるヒナノ。
「迷子?」
「そう」
団子をかじりながら喋る男鬼。
「才能あるし力もあるからちゃんと強い」
「でも行き先がねぇ」
「味付けされるのを待ってる団子だな」
ヒナノは困惑した。
「私はみんなを守りたいよ?」
「そんなもん当たり前だ」
「団子にとったら、おいしくなりたいなんて当たり前だろうが」
「みたらし、あんこ、海苔巻き……いろいろあるだろう」
男鬼は即答した。
「いいか、小娘」
「守りたいなんざ、剣を握る奴なら誰でも思う」
「聞きたいのはそこじゃねぇ」
その目だけが鋭くなる。
「お前は何になりたい?」
答えられなかった。
男鬼は笑う。
「ほらな」
沈黙――
カエデがため息を吐きながら喋りだす。
「客人だぞ」
「好き勝手なことを言って」
二人の鬼を見る。
だが咎める様子はない。
むしろ慣れていた。
「知り合い?」
ヒナノが尋ねる。
「知り合いも何も、この島の問題児だ」
「問題児は余計です」
女鬼が不満そうに言う。
「否定できるか?」
「……ただ、刃鬼と紹介すればいいでしょうに」
呆れた顔のまま紹介するカエデ。
「こちらの女鬼がノワキ、こちらの男鬼がカゲロウです」
「刃鬼?」
会釈をしたサツキが、聞きなれない単語に反応する。
カエデが頷く。
「刃鬼というのは、百鬼夜行という修行を完遂した者達の称号だ」
「わかりやすく言うとだな――」
「いくつもの剣派を踏破し、独自の剣を認められた剣鬼だ」
「キオウ島でも数えるほどしかいない」
空気が少し変わった。
刃鬼。
それがどれほど重い称号なのかは分からない。
だが。
周囲の鬼達の反応だけで十分だった。
「百鬼夜行とは?」
オボロが尋ねる。
「百の剣を巡る修行だ」
カエデが答える。
「百の流派」
「百の剣士」
「百の在り方」
「何年もかけて、それら全てを見て歩く」
「完遂できぬまま亡くなる者もいる」
ヒナノが目を丸くする。
「長すぎない?」
カエデは頷く。
「そのために前段階が存在する――」
そこで女鬼が口を開く。
「百鬼予行ね」
静かな声。
「一人の刃鬼のもとで百日過ごす」
男鬼も続ける。
「修行でもいい」
「旅でもいい」
「喧嘩でもいい」
「大事なのは自分の剣を見つめ直すことだ」
「百日……」
サツキが呟く。
ノワキが笑みを浮かべてサツキを見つめる。
「どうですか――私と来ませんか?」
「あなたの牙を見てみたい」
サツキは静かに目を閉じる。
やがて顔を上げた。
「……お願いします」
カゲロウも笑いながらヒナノと向き合う。
「じゃあ俺はこっちだな」
ヒナノを指差す。
「百日付き合え――面白そうだからな」
「理由それだけ!?」
「十分だろ」
ヒナノは呆れた。
だが。
少しだけ楽しそうだった。
「うん――行く!」
カエデが肩を竦める。
「決まりだな」
そして。
サツキ達へ向けて言う。
「明日から百鬼予行を開始する」
「百日後――」
「貴様達がどんな剣士になっているか楽しみにしている」
――修練場を出る。
気づけば夕暮れだった。
サツキはノワキと。
ヒナノはカゲロウと。
それぞれ歩き始める。
オボロは静かに口を開く。
「私は神社を巡ろうと思います」
「神社?」
ナナセが首を傾げる。
「ヤナギ様にも勧められましたし……」
「ジェネシス様についての情報が、集まるかもしれませんので」
カエデが頷いた。
「好きにするといい」
「お前なら気に入るだろう」
「僕は?」
カエデが左腕を見ながら即答した。
「温泉だ」
「まずはちゃんと直せ」
「それも立派な仕事だ」
「……反論できない」
代わりに小さく笑う。
「……退屈はしないだろうな」
こうして、それぞれの百日が始まろうとしていた――
【第六十四話へ続く】




