【第六十二話】剣鬼たち
〈キオウ島・修練場〉
門をくぐった瞬間だった。
――バシィッ!!
木刀同士がぶつかる音が響く。
広い修練場に、いくつもの試合場。
そこでは鬼たちが汗を流していた。
双剣。
大剣。
打刀。
流派も武器も様々だ。
「すご……」
ヒナノが思わず呟く。
サツキも無言だった。
視線は自然と剣士たちへ向いている。
「この島の剣鬼たちだ」
カエデが説明する。
「毎日こうして腕を磨いている」
「楽しそう」
ヒナノが笑う。
近くの試合場から声が飛ぶ。
「おい」
鬼の青年だった。
木刀を肩へ担いでいる。
「お前らも剣士なんだろ?」
「そうだけど?」
ヒナノが答える。
「だったら一回やるか?」
「人間の剣士との修練なんてなかなか経験できねぇからな」
周囲が少しざわついた。
カエデは止めない。
むしろ面白そうに見ている。
「どうする?」
サツキとヒナノは顔を見合わせた。
返事は早かった。
「やる」
「やる!」
「……うへぇ――これは長くなるなぁ」
ナナセだけがため息を吐く。
先に試合場へ上がったのはサツキだった。
カエデがサツキと鬼の間に立つ。
「木刀だけだと味気ないからな、魔法の使用も許可する」
鬼の剣士に鋭い目を向けるカエデ
「――存分に、キオウ島の剣を堪能させなさい」
双方、無駄のない構えで正対する。
初戦の相手は、サツキ同様に双剣使いだった。
「始め!」
カエデの合図と同時に相手の鬼が踏み込む。
――速い。
だが。
サツキも速い。
双剣が交差する。
火花。
回転。
牽制。
間合いの奪い合い。
観客たちが声を上げる。
「人間にしちゃやるな」
「速いぞ」
だが。
サツキの表情は険しかった。
(さすがにパワーは相手が上ね)
(……今のは誘い?)
(……いや違う)
(……ならなぜ受けた?)
(……癖?)
(なら――仕掛ける隙を狙うまで)
相手の剣を見る。
足を見る。
肩を見る。
視線を見る。
全てを読む。
だが。
鬼の男が笑った。
「考えすぎだ」
「っ――」
その一瞬。
サツキの反応が遅れる。
木刀が肩へ触れた。
一本。
周囲が沸く。
サツキはすぐ距離を取る。
(なんで――)
また考え始める。
その様子を見て。
男は肩を竦めた。
「――まだ続けるだろ?」
「……ただの探り合いで、満足してほしくないわね」
サツキの木刀に、風と水の魔力が纏う。
風の魔刃と水の魔弾が鬼の剣士に襲い掛かる。
木刀でサツキの魔法に対応する鬼。
徐々に、頬や脚に切り傷が生じてくる。
「この距離でこの速さと威力とは……」
「すごいな――人間の魔法は芸術だな」
“芸術”
その言葉がサツキの胸に棘を残す。
キショウにも“剣術”じゃないと揶揄されたことを思いだす。
「――うるさいっ」
魔刃と魔弾を巻き込みながら飛び込むサツキ。
自傷しながらも突撃する。
予想外の動きだった。
鬼の剣士の目が僅かに細くなる。
「やっと面白くなってきたな」
「なら――キオウ島の剣を堪能させないとな」
双剣を正面に構え、円を描くように剣先をなぞる。
――魔刃と魔弾が剣先の動きに沿って左に流れていく。
サツキの重心も左に偏りだす。
「なっ!?」
自身の体を制御できずに目を開くサツキ。
気づけば、サツキの双剣が宙に弾かれ、喉先に剣先が向けられていた。
――カラン、カラン
「勝負有り!」
木刀が地に落ちると同時にカエデの声が響く。
同時に、歓声が上がる。
「いやぁ……すごいね」
感嘆の声を上げるナナセ。
オボロも感心していた。
「最後のは“流れ”を強制させてましたね」
「魔法の一つなのでしょうか」
「んん~、どうなんだろうね……」
「魔法かもしれないし、剣術なのかもしれないね」
「――この島では大差ないのかもね」
呆然と、地に落ちている木刀を眺めているサツキ。
そんなサツキにヒナノが声をかける。
「任せて!サツキの分も勝ってくるから」
やる気に溢れているヒナノが、大きな木刀を手に試合場に上がる。
相手は大柄な鬼だった。
こちらも大剣に見える木刀を構えていた。
「始め!」
カエデの声と同時にヒナノが駆ける。
豪快で直線的な振り下ろし。
鬼は避けずに受ける。
轟音と共に床が揺れた。
「おぉ!?」
「ほんとに人間なのか!?」
予想していなかった膂力に観客が沸く。
力は互角。
いや――一瞬だけヒナノが押した。
「すごっ!」
「馬鹿力かよ!」
ヒナノは笑う。
楽しい。
ただそれだけだった。
鬼の男が言う。
「お前」
「――何になりたいんだ?」
「え?」
意味が分からない。
剣を振りながら問いかけられる。
「何って?」
「剣士だよ?」
「違う」
「ただ、力をぶつけているだけだ」
「それなら、金棒でも斧でもいい」
男は首を振る。
「どこへ行きたい?」
「何を目指してる?」
ヒナノは答えられなかった。
仲間を守りたい。
――それはある。
ナナセを支えたい。
――それもある。
「……私は、みんなを守りたい」
「――そんなのは誰もが思っているだろう」
「自分の戦う理由を他人に押し付けるな」
その言葉に、答えが出ない。
その隙を突かれる。
木刀が肩へ触れた。
ヒナノが目を見開く。
「……そこまで」
カエデの声が響く。
そのまま二人に視線を送るカエデ。
「二人とも腕は確かだな」
「……気休めにしか聞こえんかもしれないが」
サツキは黙っていた。
ヒナノも珍しく静かだった。
「負けちゃった」
ヒナノが首を傾げる。
「違う」
サツキが言う。
「きっと……勝負以前の問題よ」
それが悔しかった。
――その様子を少し離れた場所から、二人の鬼が見ていた。
一人は大柄な長髪の女鬼。
腰には打刀を下げている。
鋭い目でサツキに視線を送る。
だが、口元は笑っていた。
「あの双剣の娘……」
「面白いですね」
もう一人は細身だが筋肉質の男鬼。
背には細身のロングソードを背負っている。
団子を口にしながらヒナノを見る。
「大剣の嬢ちゃんも悪くないな」
男のほうが、串を咥えながら口にする。
「まだ粗いが面白い……」
「同感ですね」
二人の視線が交わる。
「久しぶりに面白い百日を過ごせそうだな」
「……人間相手にですか?」
「ですが――彼女たちなら問題なさそうですね」
「百日なんて、あっという間に過ぎそうだしな」
――その頃。
サツキとヒナノはまだ気付いていなかった。
ナナセだけが何となく違和感を覚える。
視線。
気配。
厄介事の予感。
「うへぇ……」
「絶対面倒事になる」
その予感だけは。
不思議なほど外れないのだった――
【第六十三話へ続く】




