【第六話】懇親会
〈シドー中央区、高級レストラン〉
香りのいい肉が、音もなく机に置かれた。
個室の扉が静かに閉まる。
外の喧騒は、ここには届かない。
「……高くない?」
ヒナノが、きょろきょろと店内を見回した。
「経費で落とすよ」
ナナセは気軽に言う。
「落ちるか」
間髪入れず、サツキが突っ込んだ。
「じゃあ、落ちるようにする」
「落ちません」
オボロがジト目でにらんでいる。
――ナナセは肩をすくめ、グラスを軽く持ち上げた。
「久しぶりの再会を祝して、お疲れ様!」
明るい顔の4人のグラスが軽く触れ合った。
料理に真っ先に手をつけたのは、ヒナノだった。
「おいしい……!」
素直な感想に、ナナセが少し笑う。
「シドーはご飯がおいしいことで有名だったしね」
「いろいろ行きたいとこあったんだよね」
「ほんとに!案内してあげる!」
「ナナセと久しぶりのデートだ!」
ナナセの腕に抱き着き、正面の二人に、ニヤリと笑う。
「最初に泥沼にはまった人が何か言ってるわね」
「副官として常にいるのは私ですから」
「ヒナノ?みんなで行こうね?」
「……仲良くしてね?」
ナナセを独占できずに頬を膨らますヒナノ
「相変わらず時間がかかりそうだし、強敵が増えてるし……」
作戦を切り替えるヒナノ
「それよりさ!」
ヒナノがナナセに身を寄せる。
距離が、近い。
「あれ、どうやったの?全然当たらなかったんだけど!」
ヒナノの胸が触れそうなぐらいに近づく。
「当たってないだけだよ」
「それをどうやってたのって聞いてるの」
「企業秘密」
「ずるい!」
サツキがグラスを置いた。
「説明になっていない」
ヒナノがぶんぶんと頷く。
「そうそう!」
ナナセは苦笑した。
「ちゃんと見えてたでしょ?」
「見えてたよ!だから変だったの!」
「それはなぜでしょうか?」
「ずるい!」
言い合いに、わずかな熱が乗る。
その掛け合いをナナセの対角線上の席で見ているオボロ。
静かにグラスを傾ける。
視線は――グラスでもナナセでもなく、ヒナノに向いている。
距離が近い。
――必要以上に。
ナナセの腕に触れそうな距離。
視線が、わずかに細くなる。
ヒナノと隣にいるサツキ。
その位置関係。
その距離。
その空気。
無表情のまま、自分の胸元に視線を落とす。
ほんの一瞬。
(……譲るつもりはない)
――ヒナノとナナセにイラつきを覚えていたのがもう一人。
「……ヒナノ」
サツキが低く呼ぶ。
「近い」
「え?」
ヒナノがきょとんとする。
「そんなことないよ?」
ヒナノは笑う。
そして、わざとナナセの腕に体を寄せる。
「だってさ」
「離れてた時間の分くらい、これくらいはいいでしょ?」
いたずらっぽく笑う。
――わかっててやっている。
空気が、わずかに張る。
「まあ、別にいいんじゃない?」
ナナセは、あえて軽く言った。
視線だけは、サツキから逸らさずに。
「いいじゃん、素直で」
(……わかってるくせに)
(……ほんと、性格悪いわね)
「なら、あなたも素直に言いなさいよ?」
一瞬、間を置く。
「ちゃんと聞かせなさい」
「――なぜ黙っていなくなったの」
ヒナノの手が止まる。
「そうだよ。急にいなくなってさ」
軽い口調だが、視線は真っ直ぐだった。
「……びっくりしたんだから」
ナナセは少しだけ視線を落とす。
ほんの一瞬。
「……悪かった」
短く、言う。
「あの時は緊急事態で説明する時間がなくてね」
「エルフの森に行くとは思ってなかったから、連絡手段もなくて」
それ以上は、続けない。
サツキの目が細くなる。
「……そう」
「あの鎖国国家にいたのね」
エルフの森。
人間との戦争以降、外部との接触を断っている土地だ。
ヒナノが小さく息を吐いた。
「ナナセの実家は、昔からエルフの森との外交官を歴任してたもんね」
「外交官を歴任してる家系は他の地方にもいるけどね」
「――あの時は、僕がやらないといけなかったんだ」
「今は、外交官なんてもの自体がなくなってるしね」
「……無事だったし、いいけどさ」
完全に納得しているわけではない。
だが、受け入れている。
サツキもヒナノもこれ以上は何も言わない。
ただ、グラスに指をかけたまま止まっている。
――少しの沈黙。
「でもさ!」
ヒナノがぱっと顔を上げた。
「また一緒にいられるなら、それでいいよ!」
無邪気な笑顔でグラスを差し出す。
ナナセは、少しだけ目を細める。
「……ありがとうね」
グラスが、もう一度だけ軽く触れた。
誰も、それ以上は言わなかった――
【第七話へ続く】




