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【第五十九話】鬼姫

〈鬼神邸・正門〉


「始原の精霊様の名を語る資格があるかどうか」


「――確認させてもらうぞ」


静かな声。


だが。


有無を言わせぬ圧力があった。


そう言って、女性は門の上から飛び降りた。


音もなく着地する。


だが。


地面が僅かに沈む。


サツキが目を細める。


強い――それだけで分かった。


「鬼姫様」


門番たちが頭を下げる。


鬼姫。


その呼び名にヒナノが小さく呟く。


「鬼姫様……」


女性は答えずに、真っ直ぐナナセだけを見ていた。


「名を」


「ナナセ」


「ナナセか」


女性は頷く。


「私はカエデ」


「鬼神ヤナギの娘だ」


打刀が僅かに抜かれ、白銀の刃が僅かに顔を出す。


「――来い」


「断ったら?」


「信用しない」


「……うへぇ」


嫌そうな顔を浮かべるナナセ。


一息ついた後、サツキが前へ出る。


「待ちなさい」


「私たちに争うつもりはないわ」


「それに、ナナセは治ったばかりよ」


「左腕だって……」


「――問題ないよ」


サツキの言葉を遮って話しかけるナナセ。


「問題あるわよ」


「僕より怒ってるじゃん」


「当然でしょ」


サツキに並んでヒナノも頷く。


「今回はサツキに賛成」


だが、オボロが割って入る。


「……ここは受けるべきかと」


「鬼神とは世界樹の苗の守護者です」


「ここは、守護者の流儀を尊重すべきかと」


カエデがオボロに視線を送る。


「詳しいのね」


「これでも森の巫女の端くれですから」


「……それがほんとなら、ハルモニア様の使者も信憑性が湧くわね」


「嘘はつきません」


「ナナセ様なら問題ないでしょう」


「……まるで私が負けると言いたいようね」


「森の巫女というのは、面白いことをいうモノなのね」


ジト目でオボロを見つめるナナセ。


「……なんで煽るの?」


「……なんだか敵が増えそうでしたので」


「しっかりと勝ってきてください」


味方がいない。


そんな顔をするナナセ。


カエデは一つ息を吐き落ち着く。


「なるほど……仲間には信頼されているらしい」


「命は取らない……寸止めでの決着としよう」


一息ついた後、カエデが続ける。


「避けるなり防ぐなり好きにしろ」


「それで終わりだ」


ナナセが肩を竦めた。


「僕が勝ったらちゃんと面通ししてよ?」


そう言いながら腰へ手を伸ばし、剣を抜く。


カエデの目が僅かに細くなる。


「剣士か――飾りじゃないようだな」


「剣士ではないよ」


「なら何だ」


ナナセは即答した。


「――精霊魔法使い」


沈黙。


「嘘をつくな」


「魔法使いなら杖だろうが」


「杖よりもこっちのほうが、馴染みがあってね」


次の瞬間。


カエデが動いた。


速い。


サツキとヒナノが目を見開く。


抜刀。


一閃。


だが。


ナナセの姿が消える。


斬ったのは残像だった。


「……」


カエデの瞳が僅かに揺れる。


カエデの背後にはナナセが立っていた。


「終わり?」


「まだだ」


カエデが振り返る。


今度は二歩。


三歩。


距離を詰める。


斬撃。


斬撃。


斬撃。


だが当たらない。


避けているわけでもない。


先にそこから居なくなっている。


「ただの精霊じゃないな……大精霊か」


カエデが魔力を放出し結界を展開する。


「精霊の属性はわからんが……しばらくは私の空間だ」


カエデが踏み込む。


今度は横薙ぎ。


ナナセが刀で受ける。


――キィン。


澄んだ音。


初めて。


刃同士がぶつかった。


だが。


カエデが違和感を覚える。


(軽い……剣が軽すぎる)


剣士の剣じゃない。


斬るための剣じゃない。


「やはり剣士ではないな」


「だから言ったじゃん」


ナナセが笑う。


「魔法使いだって」


その瞬間。


周囲の砂が舞った。


カエデの周囲を取り囲むように魔力が流れている。


「……環境支配」


サツキが呟く。


ヒナノも頷いた。


「いつものナナセだ」


カエデが刀を納め、ナナセの攻撃に備える。


「居合?」


ナナセの問いに笑みを浮かべるカエデ。


「……たまには客人に攻め手を譲ってやらんとな」


「じゃあ一太刀だけね」


右手を右肩付近に構えるナナセ。


「……珍しい構えをしているな」


「初見じゃないんだ」


「この島には様々な剣派が転がっているからな」


「――でも、僕の剣は初見だと思うよ」


「……面白いことを言う――気に入った」


カエデに向かい飛び掛かるナナセ。


居合を抜こうとするカエデ。


だが。


(速い――)


「……ちっ」


剣を抜ききれず柄頭で受け止めるカエデ。


「柄頭で!……そんなこともできるの!?」


ナナセは驚いた顔を浮かべる。


「まだ……終わってないぞ」


左手で脇差を抜くカエデ。


だが。


カエデの足が動かない。


カエデの足が土に埋もれていた――


「いつの間に……」


「勝負あり?」


「甘く見るな」


カエデの足元がひび割れていく。


「これが鬼の力……」


「どんな膂力しているのよ」


サツキたちが驚嘆の声を上げる。


だが、ナナセは余裕だった。


「残念だけど――ここは僕らの空間だったんだよ」


カエデの周囲に魔法陣が浮かび上がる。


「左手一本でこの距離、この数を捌ける?」


「――これで勝負ありだね」


ナナセが剣に込めていた力を解く。


短い沈黙。


そして。


カエデは小さく頷いた。


「なるほど」


「少なくとも詐欺師ではないらしい」


ナナセが苦笑する。


「最初からそう言ってるんだけど」


「信用は別問題だ」


「じゃあ和解の印」


魔法陣から一輪の花が現れる。


二輪。


三輪。


やがて幾つもの花が集まり、一つの花束になる。


花束は、そのままカエデの正面に浮かび上がる。


予想外な展開に戸惑うカエデ。


――その頬は赤くなっていた。


沈黙が周囲を包む。


ヒナノが堪えきれずに吹き出す。


サツキは額を押さえ、オボロはため息をついていた。


――その時だった。


「もうよい」


低い声が響く。


空気が変わる。


カエデの表情が引き締まり、即座に膝をついた。


門番たちも頭を下げる。


サツキたちが振り返る。


屋敷の奥。


一人の男が立っていた。


長身で深紅の長髪。


鋭い眼光。


そして、カエデよりも鋭さと威圧を感じる二本の角。


だが。


どこか穏やかさもある。


男はナナセを見て。


小さく笑った。


「人の娘をたぶらかしよって……」


「カエデ、お前はもう少し警戒せい」


「だが――面白い客人だな」


その視線は、ナナセたちを見続けていた。


ナナセたちと島の未来を見定めるように――


【第六十話へ続く】


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