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【第五十八話】鬼の島

〈キオウ島沖〉


波を割りながら船が進んでいた。


甲板に立つヒナノが海の向こうを指差す。


「見えてきたよ!」


水平線の先。


薄く霧がかかる海の向こうに島影が見え始めていた。


「……あれ」


サツキが目を細める。


島の手前。


海の上に何かが立っていた。


最初は岩かと思った。


だが、近付くにつれて違うと気付く。


「うへぇ……」


巨大な鳥居だった。


海を跨ぐように建てられた巨大な朱色の鳥居。


船ですら小さく見える。


まるで。


人の世界と別の世界を隔てる門。


そんな存在感があった。


ヒナノが呆然と見上げる。


「大きすぎない?」


「大きいですね」


オボロも頷く。


「私も初めて見ました」


「オボロでも?」


「キオウ島は閉鎖的ですので」


ポラリスは懐かしそうに鳥居を眺めていた。


「昔からある」


「知ってるんだ」


「うん」


それだけだった。


船はそのまま鳥居の下を潜る。


その瞬間――空気が変わった。


風の匂い。


海の色。


漂う魔力。


何もかもが微妙に違う。


「……神域みたい」


サツキが呟く。


誰も否定しなかった。


やがて。


船は港へ到着し、上陸する。


――島内は思っていたより普通だった。


木造の建物。


石畳。


市場。


漁船。


そこには血生臭さもなく、生活の匂いがした。


ヒナノが周囲を見回す。


「なんか普通だね」


「親父の話だともっと魔境かと思った」


ナナセも頷く。


だが。


数歩歩いた瞬間――考えを改めることになる。


「おい、兄ちゃん見てみろよ!」


「この包丁の切れ味を」


「美味い魚が食いたきゃ、こうじゃなきゃな」


魚屋だった。


だが、魚ではなく包丁の話をしていた。


「それよりもこっちのほうが美味そうだろ?」


「この鎌は百年使えるからな」


農家が鎌を自慢している。


さらに。


鍛冶屋では。


刀。


刀。


刀。


刀。


「やっぱり普通じゃないね」


ヒナノが真顔で言った。


「……予想以上だね」


「好きってレベルじゃないと思う」


サツキも同意する。


ナナセは苦笑した。


「うへぇ」


「面倒事が起きなければいいけどね」


――港を抜け、少し進むと街並みが変わる。


石造りの工房。


巨大な炉。


響く槌音。


ドワーフ達だった。


「ドワーフ?」


ヒナノが驚く。


オボロが頷いた。


「ジェネシス様についてきた一族でしょうか……」


「もともと、ドワーフの谷にいたと言いますし」


職人達は忙しそうに働いている。


だが、よくよく見てみると魔導機械が少ない。


「シドーの鍛冶ギルドとは、かなり違いますね」


オボロが、工房内を覗きながら呟く。


「向こうとは作る目的が違うのかもね」


その時、炉の前にいた老ドワーフが顔を上げた。


「……おい、そこのお前」


「僕のこと?」


ナナセが近付きながら訪ねる。


「……あぁ、そうだ」


「……面白い匂いがするな」


老ドワーフが鼻を鳴らした。


「精霊鉱か……しかもなかなかの純度だ」


「……よくわかったね?」


「匂いでわかる」


「……何しに来たのか知らんがまずは鬼神様を訪ねるべきだな」


「鬼神様?」


――空気が変わった。


鍛冶の音が止まる。


視線が集まる。


だが。


誰も答えない。


老人だけが小さく息を吐いた。


「この島の守護者だ」


老人は槌を肩に担ぐ。


「この島を――世界樹の苗木を守るお方」


「許可なく会える相手じゃない」


「……だが、あんたは会うべきだな」


そのまま工房の奥に消える老ドワーフ。


取り残されるナナセたち。


「……どう思う?」


「これ以上は誰も教えてくれなそうですね」


「鬼神様とやらに会いに行くしかなさそうだね」


――教えられた道を進む。


坂道を登る。


やがて、高台へ辿り着く。


その先には堀と塀に囲まれた巨大な屋敷があった。


巨大な門の正面には門番の鬼がいた。


不審がる表情でナナセたちを見ている。


「……何用だ」


「……人間がこの島に来るだけなら珍しいで済む」


「だが、ここに近づくことは相応の理由がいるぞ」


「……警戒心すごいね」


「固くならないでよ?」


「鬼神様に会いたい」


「理由は?」


「世界樹絡み」


「――帰れ」


「うへぇ」


「調和を司る始原の精霊――ハルモニアの使者だと言えば

通してくれないかな?」


ハルモニアの名を聞き、門番の表情が変わる。


「――痴れ者め」


不意に、頭上から声が掛けられる。


正門の物見に一人の女性が立っていた。


風が吹き、朱を帯びた長い髪が揺れた。


腰には一振りの打刀。


そして、その隣には脇差が添えられていた。


だが。


目が行くのは、額から伸びる二本の角。


人ではない――鬼である証だった。


――サツキたちを静かに見下ろしている。


その瞳だけで、並の実力者ではないとわかった。


女性が口を開く。


「始原の精霊様の名前を安易に語るでない」


静かな声だった。


だが。


その瞬間。


サツキの表情が変わる。


ヒナノも無意識に息を呑んだ。


誰も逆らえない。


「ただの観光客ならこのまま返していた」


「だが、始原の精霊様の名を語った以上は別だ」


「その言葉に責任を持て」


「――証明してみせろ」


その瞬間。


女性の手が静かに刀へ添えられる。


その視線は真っ直ぐナナセへ向けられていた。


ナナセは小さく頭を掻く。


「うへぇ」


「初対面で斬りかかられそうになるのは久しぶりだねぇ」


女性の眉が僅かに動く。


風が吹き抜けた――


【第五十九話へ続く】


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