【第五十七話】水平線の先へ
〈ヤクモノ島・世界樹の苗〉
世界樹の苗が静かに揺れている。
再会の余韻が残る中、ナナセは小さく頭を掻いた。
「……で」
「どこまで話せばいいの?」
「全部」
即答だった。
サツキ。
ヒナノ。
ポラリス。
オボロ。
全員が頷いている。
「全員敵じゃん」
「自業自得よ」
サツキが冷たく言い放つ。
ナナセは肩を落とした。
「うへぇ」
その後。
ナナセは世界樹内部で起きた出来事を簡潔に説明した。
世界樹内部・根の流路。
調和を司る始原の精霊。
ハルモニア。
そして――。
「創造を司る始原の精霊、ジェネシスが行方不明?」
ヒナノが目を丸くする。
「うん」
「ハルモニアからの依頼」
「気配はキオウ島へ移ったらしい」
サツキが腕を組む。
「始原の精霊って、そんなに大事なの?」
「大事なんてもんじゃないわよ」
答えたのはエトだった。
「世界の根幹みたいな存在よ」
「一柱消えるだけで大問題」
「だから私も本当は行きたいんだけどね」
少しだけ悔しそうに言う。
ナナセが笑う。
「森があるもんね」
「そうよ」
エトは頷いた。
「世界樹も混乱してる」
「エルフ達への説明もある」
「弟子の尻拭いもね」
「うへぇ」
即座に返ってくる。
「反省しなさい」
「左腕切り落とした件、まだ終わってないから」
「まだ続くんだ……」
ポラリスが鼻を鳴らした。
「当然」
味方がいない。
そんな空気だった。
一方。
少し離れた場所では、グランリーが世界樹の苗を見上げていた。
静かな横顔。
エトが隣へ並ぶ。
「あなたは森へ来なさい」
「説明責任があるもの」
グランリーは頷いた。
「当然だ」
「逃げるつもりはない」
「よろしい」
エトが小さく笑う。
「逃げたら追いかけるわ」
「怖いな」
珍しくグランリーも苦笑した。
ナナセがその様子を眺める。
「おじさんも大変だねぇ」
「貴様にだけは言われたくない」
即答だった。
その返しに皆が少しだけ笑う。
重かった空気が少し和らいだ。
――夕方。
一行は灯台へ戻っていた。
海を見下ろす高台。
その屋上で。
相変わらず酒を飲んでいる男がいた。
「おやおや」
「全員無事みたいだねぇ」
カイヨウだった。
「ナナセもボコボコになってると思ってたのにねぇ」
「親としてどうなの」
ナナセが呆れた顔をする。
カイヨウは楽しそうだった。
「生きてたんだからいいじゃない」
「てか、領主としての仕事はどうしたの」
「あれぇ……言ってなかったかい?」
「今はホクトが領主として頑張ってるよぉ」
「次男と違ってまじめだしねぇ」
「……兄貴もかわいそうに」
サツキがしびれを切らして割って入る。
「キオウ島についてご存じですか?」
「おぉ?親子の会話に交じるなんて積極的だね?」
サツキのこめかみに青筋が走りだす。
「……本題を躱すの、やめてもらえますか」
「誰かと同じ事をされると手が出ますよ?」
「……ナナセ?こっちの子は意外と手が早いタイプ?」
「ん~……普段は奥手なのに、拳だけ早――ぐふぅ」
サツキの拳がナナセの腹部にめり込む。
「――それで?」
カイヨウをにらみつけるサツキ。
カイヨウは無言で酒瓶を揺らした。
「……」
「キオウ島か……その名前も久しぶりに聞いたね」
「剣に人生を捧げた連中の島だよ」
「行ったことあるんですか?」
ヒナノも会話に交じりだす。
「僕は行ったことないけど、島出身の鬼に会ったことあるよ」
「全てが滅茶苦茶だったなぁ」
「まともな人はいるんですか?」
カイヨウは少し考えた。
「島の運営や食料生産もあるから……半分くらいはまともだと思うよ」
「少なっ」
ヒナノが即座に突っ込む。
「多い方だと思うけどねぇ」
「僕は嫌だなぁ」
ナナセがぼやく。
「お前も大概だよ」
「僕の子だしねぇ」
サツキが眉をひそめる。
「鬼って?」
「色々いるさ」
「たとえば――こんなのを作る連中もいる」
カイヨウが戸棚からガラス製のグラスを取り出す。
「切子グラスと言ってな……綺麗だろ?」
赤色の切子グラスをヒナノに見せる。
「……綺麗」
ヒナノ以外の面々も言葉を奪われている。
「こんなのも作っているんだって」
「剣に魅了されていない鬼だけじゃないからね」
カイヨウは海の向こうを見る。
「やっかいなのは、剣に魅了された鬼たちだね」
「剣技に魅了された――剣鬼」
「刀鍛冶に魅了された――鍛鬼」
「常識はあまり通じない……怖いよねぇ」
「親父が言うな」
「僕?常識人でしょ?」
「常識人は子供に仕事を押し付けて、灯台の頂上で酒は飲まないだろ」
「違うよ、ナナセ?」
「――酒をおいしく飲むのは常識の範疇だよぉ」
誰一人言葉を発しない。
言っても、減らず口に丸め込まれるとわかったから――
――やがて、エトたちの出発の時間が近付く。
エトが振り返った。
「じゃあ行くわ」
「ナナセ」
「なに?」
「次に会う時は五体満足でいなさい」
「努力する」
「約束しなさい」
「……約束します」
「それと……次は時間を空けておきなさい」
頬を染めながら俯くエト。
「いいけど……一年単位でって言わないでよ?」
「言わないわよ……いくら時間の価値観が違うからって」
「でも、約束したんだから守りなさいよ」
エトが満足そうに頷く。
そして少しだけ目を細めた。
「私がおばさんになった姿を、あなたに見せられないのは残念ね」
「……やっぱりエトたんはかわいいな」
「エトたん言うな」
グランリーも歩き出す。
「いつまで夫婦漫才を見せつけるんだ……」
「おじさんも元気でね」
「ずっと思っていたが……おじさん言うんじゃない」
「……エトたんの真似?」
「違う――断じて違う」
――二人の姿が森の奥へ消えていく。
残されたのは。
ナナセたち。
「……意外と似た者同士なのかもね」
後ろを振り向くとサツキたち女性陣の殺気が溢れていた。
カイヨウが笑いをこらえながら喋りだす。
「……ナナセ……くくっ……」
「こんなに綺麗な子に囲まれてるのに」
「さらにエルフのお姉さんまでいるとはねぇ」
「――守備範囲が広いねぇ」
笑みを浮かべながらサツキたちに視線を移すカイヨウ。
「――麓の街にある、青い屋根の民宿がおすすめかな」
「清潔で景色もよくて、しかも広いからね」
――首根っこを掴まれ連行されるナナセ。
サツキたちの怒声が麓の向こうへ消えていく。
そんな息子を見送りながら灯台の頂上に向かうカイヨウ。
「……笑いがとまらないねぇ」
「……いい縁に恵まれてて安心したけどね」
「あいつに似たんだろうねぇ」
切子グラスを傾けながら海の向こうを眺める。
海の向こうにある鬼の島。
潮風が吹く。
水平線の先には、ナナセの次なる目的地が待っていた――
――第四章 完




