【第五十六話】帰還
〈ヤクモノ島・世界樹の苗〉
淡い光が空洞を満たしていた。
苗木の輝きが脈打ち、光の中の人影がゆっくりと近付いてくる。
誰も動けなかった。
サツキも。
ヒナノも。
オボロも。
ただ、その姿を見つめていた。
やがて――人影が光から抜け出す。
見慣れた顔に困ったような笑み。
「――うへぇ」
懐かしい声だった。
「思ったより早かったね」
沈黙が包み、誰も言葉を発さない。
ナナセが首を傾げる。
「……あれ?」
「もしかしなくても怒ってる?」
次の瞬間だった。
ポラリスが飛び出した。
「――バカ!!」
胸ぐらを掴む。
ナナセが目を丸くする。
「ポラ――」
「喋るな!!」
ポラリスの声が震えていた。
「なんで置いていったの!!」
「なんで私を閉じ込めたの!!」
「貸せるって言った!!」
「まだ大丈夫だった!!」
ナナセの肩が僅かに揺れる。
「ポラリス……」
「ダメじゃない!!」
ポラリスが叫ぶ。
「あの時――まだ戦えた!」
「まだ一緒にいられた!!」
「なのに勝手に決めた!!」
息が詰まる。
誰も口を挟めなかった。
ポラリスの目には涙が浮かんでいた。
だが。
泣いてはいない。
怒っている。
ただひたすら怒っていた。
「勝手に守った気でいる」
「勝手にかっこつけて」
「……ごめん」
ナナセが小さく呟く。
「ごめんじゃない」
即答だった。
「私は許してない」
ナナセが苦笑する。
「うへぇ」
「厳しいなぁ」
「当然」
そう言ってポラリスは顔を逸らした。
だが。
胸ぐらを掴んだ手だけは離さなかった。
ナナセがポラリスの頭を撫でようとする。
だが、その手を掴む人物がいた。
――サツキだった。
ナナセが視線を向ける。
「サツ――」
――バシン。
言い終わる前に、乾いた音が響く。
頬が横へ流れ、空気が止まった。
ナナセがゆっくり顔を戻す。
サツキは俯いていた。
拳が震えている。
「……馬鹿」
それだけだった。
怒鳴らない。
泣かない。
ただ。
それだけを口にした。
「ごめ――」
「馬鹿」
もう一度。
今度は少しだけ声が震えていた。
「生きてるなら」
「生きてるって言いなさいよ……」
ナナセは何も言えなかった。
その横から勢いよくヒナノが飛び込んでくる。
「ナナセぇぇぇぇ!!」
ヒナノだった。
「ぐぇっ」
そのまま抱き着く。
勢い余って二人とも転がる。
「生きてる!!」
「温かい!!」
「本物!!」
「誰か偽物判定してたの?」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
「だってぇぇ!!」
「もう会えないと思ったしぃぃ!!」
ナナセが苦笑する。
その光景を見て。
ようやく。
オボロが前へ出た。
静かに。
本当に静かに。
目が合う二人。
「……あの時、死ぬなんて言ってないよね?」
「ここで会えるって言ってたよね?」
「……おかえりなさい」
それだけだった。
「……オボロさん?」
オボロが目を細めて睨みつける。
「……目の前で、左腕を切り落として消えておいて」
「――勝手が過ぎるのでは?」
ナナセが少し目を細める。
「……ただいま」
それだけだった。
「……ナナセ様?」
小さな笑いがこぼれるオボロ。
だが。
それで十分だった。
オボロは小さく微笑んだ。
改めて周囲を見るナナセ。
サツキ。
ヒナノ。
オボロ。
ポラリス。
全員がいる。
誰も欠けていない。
「……みんな無事だったんだね」
サツキが即答。
「誰のせいだと思ってるのよ」
「うへぇ」
ヒナノ。
「ナナセが無茶するから!」
オボロ。
「同感です」
ポラリス。
「反省しろ」
「全員敵じゃん」
安堵の表情を浮かべていたオボロが気づいてしまう。
「……ナナセ様?」
「左腕は?切り落としていましたよね?」
「治った」
何事もなかったかのように伝えるナナセ。
「は?」
他人事のような説明に、サツキとヒナノの声が重なる。
「……」
「ハルモニアが治してくれた」
無言の圧に耐え切れなくなったナナセが説明を補足する。
「……ハルモニア?」
「誰よ?」
「……もしかして――始原の精霊の一人のハルモニア様ですか」
「……始原の精霊?」
「さらっと言う話じゃないでしょ……」
「……ほんとよ」
「説明が足りないのは、わざとやってるの?」
苗木の奥から、新たな登場人物の声が割って入る。
振り返ると、腕を組んだエトが立っていた。
「……エト様も無事だったんですね」
面識のあるオボロがエトに挨拶をする。
「お元気そうでよかったです」
「オボロ!」
「私も会いたかったわ!」
「あなたは私への敬意を感じるから好きよ」
「うへぇ……僕も敬意込めてるよ?――エトたん」
「エトたん言うな!」
「普段は言葉足らずの癖に、なんで頑なにエト“たん”なのよ」
「わざとやってるの?」
「そんなことないよ」
ニヤつくナナセと説教が止まらないエトを眺めてるサツキたち。
「……この人が」
「ナナセの師匠のエルフ?」
紹介もせずにじゃれあう二人を尻目にオボロが紹介をする。
「えぇ、あの方はエト様です」
「師弟っぽくないね」
「性格も違うわね」
「……そんなことありません」
「――二人とも大概に雑で滅茶苦茶です」
オボロの言葉に、エトとナナセが同時に顔をしかめた。
「失礼ね」
「失礼だよねぇ」
その反応まで同じだった。
サツキとヒナノが顔を見合わせる。
「……似てる」
「似てるね」
思わず零れた言葉に、エトとナナセが今度は同時に振り返った。
「どこがよ」
「どこがかなぁ」
また同じだった。
誰からともなく笑いが零れる。
その光景を眺めながら、サツキは小さく息を吐く。
――あぁ……本当に帰ってきたんだ。
風が木々を揺らし、世界樹の苗も静かに枝葉を揺らした。
再会を祝福するように――
【第五十七話へ続く】




