【第五十五話】光の先に
〈フリニア王国領・海岸沿い〉
目の前の灯台を見上げるオボロ達。
その外壁には巨大な根が絡みついている。
まるで世界樹が灯台を抱き込んでいるようだった。
「素敵な灯台ね」
「シドーにあるのとは外観が違うよね」
サツキとヒナノも感嘆の声を上げながら見上げている。
その時だった。
――カラン。
何かが落ちてきた。
オボロが反射的に手を伸ばす。
――パシッ。
掴んだのは空の酒瓶だった。
「……またですか」
慣れた様子でため息を吐くオボロ。
ヒナノが目を丸くする。
「え?」
「なんで取れたの?」
「慣れです」
即答だった。
灯台の頂上から気の抜けた声が降りてくる。
「いやぁ、ごめんごめん……手が当たっちまってねぇ」
「怪我はないですかい」
一人の中年親父が頂上から顔を覗かしてくる。
「あの人、あんなとこで飲んでたの?」
「……景色が良いとこで飲むのが、一番おいしく飲めるらしいですよ」
ヒナノの呟きに答えるオボロ。
その横でサツキが嫌な予感を覚える。
「なんか馴染みのある雰囲気なんだけど……」
「……んー?」
男は伸びをした後、改めてこちらを見下ろしていた。
「おやおや」
「迎えが来たみたいだねぇ」
どこか気の抜けた声。
だが不思議と耳に残る。
サツキは眉をひそめた。
――どこかで見たような。
そんな感覚があった。
男はゆっくり起き上がる。
酒瓶を一口。
そして。
風が吹いた。
次の瞬間。
「え?」
ヒナノが固まる。
さっきまで灯台の頂上にいたはずの男が。
目の前に立っていた。
サツキの手が無意識に腰へ伸びる。
気配を感じられなかった。
降りてくる姿すら見えなかった。
男は気にした様子もなく笑う。
「初めましてだねぇ」
「うちの息子がお世話になってるそうじゃないの」
「息子?」
「いやいや、まさかね?」
サツキとヒナノが顔を引きつらせている。
男は軽く頷いた。
「僕はカイヨウ――ナナセの父親だよ」
沈黙。
そして。
「「似てる」」
声が重なった。
カイヨウが楽しそうに笑う。
「そうかい?」
「僕はもう少し男前だと思うんだけどねぇ」
「ナナセと違って色気があるでしょ?」
オボロがため息を吐いた。
「相変わらずですね」
「おや、オボロちゃん」
「久しぶりじゃないのぉ」
「大きくなったねぇ」
「変わってませんよ」
即答だった。
ポラリスだけが眉をひそめる。
「ナナセは?」
「生きてるよ」
「知ってる」
灯台の先の島影を見ながら、笑ったまま答える。
「安心しな」
「あの子はそう簡単には死なないよ」
「そろそろ戻ってくると思うよ」
誰も反論できなかった。
妙な説得力があった。
カイヨウは笑顔をサツキたちに向ける。
「死なないから、たくさん殴っても大丈夫だよ」
「そうしないと反省しないしね」
「――さて」
「迎えに行くんだろう?」
「あの島に行くんですよね……船は?」
サツキが尋ねる。
すると。
カイヨウが首を傾げた。
「船?」
「そんなもん使わないよ」
また嫌な予感がした。
「え?」
カイヨウは灯台の上を指差した。
「飛ぶんだ」
ヒナノが一歩下がる。
この無茶苦茶な発言は、よくないことが起きる前兆だと知っていた――
――数分後。
灯台最上階。
複雑な魔法陣の上で、巨大なレンズがゆっくりと回っている。
ヒナノがレンズの周りを見ながら首をかしげている・
「灯台って魔導石を動力に回転させるんじゃないの?」
「お嬢ちゃん詳しいね」
ニヤリと笑みを浮かべるカイヨウ。
「こっちだと、魔導石の交換もいらないし色々遊べるからね」
「待って」
「遊べるって何?」
サツキが嫌そうな顔をする。
カイヨウは得意げだった。
「たとえばね、ここをこうすると……」
レンズが島に向けて動きが止まる。
そのまま光が絞られていく。
「……なにこれ」
「光路だよ」
「精霊魔法と魔導具の合わせ技さ」
「作るの大変だったんだ」
「聞いてません」
オボロが真顔で言った。
「だろうねぇ」
ポラリスも顔をしかめる。
「こんなの前は無かった」
「最近できたからねぇ」
笑顔だった。
嫌な予感しかしない。
光が安定していき、島に向かって一直線の光線が出現した。
「綺麗……」
ヒナノが呟く。
「綺麗じゃない」
サツキが即答した。
「嫌な予感する」
その予感は正しかった。
いつの間にか、サツキたちの腰にはハーネスを装着されている。
「え?」
四人の声が重なる。
ハーネスにはケーブルが装着されていて、光路に繋がれていた。
「じゃあ行ってらっしゃい」
――直後。
サツキ、ヒナノ、オボロ、ポラリスの順番に灯台から放出されていく。
「いやあああああああ!!」
「速っ!?」
「聞いてません!!」
「楽しい!!」
光路に沿って四人が滑空していく。
背後では。
カイヨウの大笑いだけが響いていた――
〈ヤクモノ島〉
海岸の砂浜に無事に降り立つ面々。
全員が肩で息をしていた。
だが、反応は二極化していた。
「あの無茶苦茶感……親子すぎる」
「ナナセ様のほうが、まだ理性がある気がしました……」
青ざめた顔のサツキたちを尻目に、ポラリスが満面の笑みを
浮かべていた。
「楽しかった!!」
「ね!途中の海も綺麗だったし」
ヒナノまで頷いていた。
「……なんであなたたちは受け入れられてるのよ」
「せかっくなら楽しまないと♪」
「ナナセの時と一緒だよ♪」
一息ついた後に、島内に目を向ける。
オボロが静かに口を開く。
「……では行きましょうか」
「この森の奥にあります」
「……森?」
「山の間違いでしょ」
「山岳の中腹に森が広がっているんですよ」
――森の中を歩く面々。
静寂が広がっていた。
標高が高くなるにつれ杉の木が目立ってくる。
――神域。
そんな言葉が似合う場所だった。
サツキとヒナノが周りの景色に圧倒されている。
「神秘的すぎる」
「植生まで変化していくなんて」
「――そろそろですよ」
不意に視界が開ける。
巨大な杉が目の前に見えてくる
オボロが足を止める。
「……懐かしいですね」
ポラリスも静かだった。
誰も言葉を発さない。
ゆっくりと巨大な杉の木に近づく。
――樹齢を感じさせる古木。
その内部は空洞になっていた。
そして。
中心には、淡い光を放つ一本の苗木が輝いていた。
「……これが」
「えぇ……これが――世界樹の苗木です」
七年前。
ナナセとオボロが守ったもの。
サツキが息を呑む。
その時だった。
苗木の輝きが増していく。
根が脈打つ。
淡い光が空洞の中を満たしていく。
「……なに?」
ヒナノが息を呑む。
苗木の周囲の空間が揺らいでいた。
まるで水面のように。
その光の中に。
一つの人影が浮かび上がる。
見覚えのある影だった。
――正確にはわからない。
逆光で輪郭しか見えない。
だが。
わかってしまう。
サツキの目が見開かれる。
ヒナノも言葉を失う。
ポラリスが小さく息を吐いた。
人影がゆっくりと近づいてくる――
【第五十六話へ続く】




