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【第五十四話】森の巫女と青年

〈星詠王国コンステラ・国境街道〉


馬車がサツキたちを乗せて揺れている。


窓の外では海岸線が流れていき、森が背に遠ざかっていく。


さっきまで戦場にいたのが噓のように、穏やかな風が吹いていた。


「……本当に生きてるのよね」


不意にサツキが口を開く。


「生きてる」


即答するポラリス。


「だから移動してる」


サツキが唇を噛む。


生きている。


その言葉は信じている。


だが。


脳裏から離れない。


左腕を失ったナナセ。


そして。


剣帝キショウとの敗北。


剣の柄に手が伸びるが、そこには何もない。


「ずっと見ていた」


「――サツキは考えすぎて動けてない」


「もっと本能に素直になるべき」


「今の確認に意味がないの、わかっていたでしょ?」


正論に言い返すこともできず俯くことしかできない。


ヒナノも俯いていた。


「……あたし」


「何もできなかったなぁ」


普段なら笑い飛ばす言葉。


だが今は違う。


悔しさが滲んでいた。


ポラリスが小さく鼻を鳴らす。


「あのバカも悪い」


「ポラリス?」


ヒナノが顔を上げる。


ポラリスは不機嫌そうだった。


「勝手に私たちの限界を決めて、勝手に守った気でいる」


「自分自身は勝手に傷付いて、勝手に消える」


「――だから怒る」


「あんな行動かっこよくない」


「ナナセが傷つく姿なんて見たくない」


その言葉に。


オボロは少しだけ目を伏せた。


怒っている。


それは自分も同じだった。


だからこそ。


今は進むしかない。


馬車は街頭に沿って動き続けている――


しばらくして、サツキがオボロを見て呟く。


「ねぇ――“根”は繋がってるって何?」


オボロが眉をひそめる。


ヒナノも顔を上げた。


「……たしかに」


「私も全然わからないんだけど」


短い沈黙。


やがてオボロが小さく息を吐いた。


「お二人は……」


「ナナセ様が国王陛下に命じられた特務をどこまで知っていますか?」


「――お二人のもとを離れる原因となった特務のことです」


“7年前の特務”


予想外の言葉に目を合わせるサツキとヒナノ。


「……精霊関係としか」


「……極秘事項だと思ってるし」


息を一つ吐くオボロ。


「確かに極秘事項ですね」


「ですが、世界樹の深淵部に立ち入ったお二人には、

もう関係ないでしょう」


「……“根”は繋がってるとは、そのままの意味です」


「世界樹の根は世界中に広がっているのです」


驚いた顔のまま何も言えないサツキとヒナノ。


二人の反応を待たずにオボロは話を続ける。


「世界樹は、各地の世界樹の苗木を介して世界中に根を張っています」


「そして、世界と精霊を見守っているんです」


「世界樹の苗木って?」


ヒナノが疑問を呟く。


「世界樹の実が発芽して状態を世界樹の苗木と呼びます」


「そして、発芽した場所を”精霊の遺跡”と呼びます」


「エルフの神官が、定期的に巡回している場所ですね」


サツキが慌てた顔で、オボロを制す。


「ちょっと待って!」


「なんでそんなに詳しいの!?」


「……世界樹の実を根付かせて発芽させる儀式を担っている一族が

います」


「エルフからは、森の巫女と呼ばれていますが……」


「――私はその一族の出身です」


「末端の巫女でしたが」


二人の動きが止まる。


「え?」


「は?」


反応が重なった。


「オボロが巫女!?」


「ナナセの家の従者とかじゃないの!?」


「ほら、ナナセって辺境伯出身でしょ?」


「従者ではありません」


「私がナナセ様と出会ったのは、七年前が初めてです」


サツキが眉をひそめる。


「ちょっと待って」


「あなたたち昔からの知り合いじゃないの?」


「違います」


即答だった。


サツキが額を押さえた。


「待って……」


「なのにその距離感なの……」


「私は本能に素直なんです」


言い返せずに動揺しているサツキ。


ポラリスが小さく笑う。


「昔はオボロも素直じゃなかったのにね」


オボロは小さく頷いた。


「……今、その話は関係ありません」


わざとらしく咳払いをするオボロ


「――当時」


「世界樹の実の植え付けの儀式が、とある島で行われていました」


「――ですが」


「世界樹の実が枯れかけていました」


風が吹く。


木々が揺れる。


どこか懐かしそうに目を細めながらオボロは続けた。


「世界樹の実は世界樹から生まれますが、同じ存在ではありません」


「それぞれに個性がありました」


「とある島へ運ばれた実は、環境へ馴染めず枯死寸前でした」


――七年前。


〈王国北南方領〉


雨が降っていた。


一人の少女が馬を走らせている。


黒髪に、まだ幼さの残る顔立ち。


そして焦燥を浮かべていた。


――オボロだった。


巫女たちの儀式は失敗した。


世界樹の実は日に日に弱っていく。


残された手段は一つ。


助けを求めること。


――いったい誰に?


巫女たちが失敗しているのに……


儀式に立ち会っていたエルフの神官も慌てていたのに……


人間になんとかできる状況じゃない。


でも。


ここに行きなさいと神託が降りたらしい。


フリニア王国の王族とも調整済みらしい。


――何日も馬を走らせ、ようやく辿り着いた屋敷。


雨に濡れたまま門をくぐり、息を切らしながら叫ぶ。


「森の巫女の使いのものです」


「助けてください!」


慌ただしく動き出す使用人たち。


その奥から。


一人の少年が顔を出した。


「うへぇ」


第一声だった。


「やっぱり面倒そうなのが来た」


――オボロは絶句した。


それが、ナナセとの最初の出会いだった。


〈現在〉


「最低」


サツキが即答した。


「最低だね」


ヒナノも頷く。


「否定できません」


オボロまで同意した。


ポラリスだけが少し嬉しそうだった。


「ナナセっぽい」


「――ですが」


「当時のナナセ様は、無理やり召集させられていたのです」


「卒業式も」


「お二人の剣聖叙勲式も」


「参加できませんでした」


「――これ以上はまたにしましょうか」


オボロが馬車の行く先に視線を向ける。


視界の先に一本の灯台が見えてくる。


白い石造りの古い灯台。


その外壁には、巨大な樹の根が絡みついていた。


馬車がゆっくりと停止する。


オボロが先に降りた。


「着きました」


サツキが灯台を見上げる。


「ここ?」


「はい」


オボロは静かに頷く。


「あれ?目的地は“とある島”じゃないの?」


ヒナノが首をかしげて灯台を見上げる。


オボロは黙ったまま、灯台の扉へ視線を向けた。


「七年前も――ここから始まりました」


潮風が吹き抜ける。


灯台の向こうで海が光っていた――


【第五十五話へ続く】


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