【第五十三話】調和を司るもの
〈世界樹内部・根の流路〉
ハルモニアと名乗った女性が、ナナセたちを順に見つめている。
ナナセと目が合い視線が止まる。
何かを探すように、じっと見つめている。
そして小さく息を吐いた。
「……あのお方を連れてきてくれなかったのですね」
「お会いできなかったのは残念ですが、元気そうでよかったです」
ナナセに向けて頭を下げるハルモニアに、エトが慌てる。
「ハルモニア様、お顔を上げてください」
「エト……いいのですよ」
「私はあの泉に逃がすことしかできませんでしたので」
「――助かるかもわからなかったのに」
ナナセが首を傾げる。
「ポラリスのこと?」
その名を聞き、ハルモニアは僅かに目を伏せた。
短い沈黙。
やがて顔を上げた彼女は、静かな視線をナナセへ向ける。
「……えぇ。ですが」
「あの方へ名前を与えたことは認めていません」
「たしかに、名前もないあの状態では、消えていたかもしれない」
「ですが、簡単に犯してはいけない聖域です」
ナナセが苦笑いを浮かべる。
「仕方ないよね」
「やらないといけないと思たんだから」
「……責めているわけではありません」
「気を引き締めているのです」
切り落とされた左腕に視線を向ける。
「その腕は、あの方を助けたお礼として回復させましょう」
「あの方に悲しい顔をさせたくありませんので」
ハルモニアが指先を伸ばす。
世界樹の根から溢れた光が、ナナセの左肩を包みだす。
本来なら戻らないはずの欠損。
だがここは世界樹の中心。
――失われた存在を補うだけの力があった。
「完治はしておりません」
「それまでは戒めとして刻んでおきなさい」
「ですが……」
「世界樹を守って頂きありがとうございました」
「そして、酷な選択をさせたことを謝罪します」
ナナセの後ろでエトが苦笑を浮かべている。
「相変わらず面倒くさいわね」
「感謝ぐらい素直に言えばいいのに」
「あなたには言われたくありません」
ハルモニアが即答したことで、空気が少し和らぐ。
「まぁ、ありがとうね」
「エトたんが治せないとは思わなかったからね」
エトが後ろから頭を叩く。
「見切り発車を教え込んだつもりはないわよ」
「あっ…あと、エトたん言うな!」
二人を見てため息が出るハルモニア。
だが、口元には笑みが浮かんでいる。
「なるほど……そういうところも師匠譲りなのですね」
「……あの方に変に影響がないことを願っています」
――そんな中、グランリーは黙って見ていた。
ハルモニアがグランリーと向き合う。
「あなたにも感謝をしていますよ」
「あなたの一族は長い間、森を守っていました」
「何代にも渡って」
「侵攻に至ったのは残念ですが、あなたの立場と配慮は
伝わっています」
「……やめてください」
「私は何も守れなかったのですから」
頭を下げるグランリー。
「……いいえ、私を守りました」
「森番としてもっとも誇っていいことです」
「帝国は不穏ですので、これからも期待しておりますよ」
肩が震えているグランリーから視線をナナセに戻す。
――ハルモニアが表情を改める。
「お願いがあります」
上空の星空が世界地図のように配置が換わる。
「創造を司る始原の精霊――ジェネシス」
「彼女と連絡が取れていないのです」
「本来はドワーフが信仰する精霊として、ドワーフの谷に
いるのですが……」
ドワーフの谷を示す星が赤く光りだす。
「最近、ドワーフの谷から出る創造物に異変が見られます」
世界地図を見上げているナナセたち。
「ドワーフの谷に行けばいいの?」
「……いえ、ドワーフの谷にはもういないでしょう」
「一つだけ分かっていることがあります」
別の星が赤く光りだす。
そして、光の点が少しずつ南に移動していく。
「ジェネシスの気配が移動しています」
光の点が島の上で留まり、赤色の光が強くなる。
ナナセが眉をひそめる。
「この島に何があるの?」
「キオウ島――剣に魅せられた者たちの島です」
島の名前を聞きグランリーが反応する。
「鬼の島か」
「えぇ。別名、鬼の島ですね」
グランリーに視線が集まる。
「おじさん、知ってるの?」
「いや、俺は知らない」
「だが、キショウって帝国の剣帝が、訪れたことがあると聞いている」
「あいつは帰ってきた時、別人みたいな剣になっていた」
ハルモニアがナナセを見つめる。
「お願いします。彼女の安否を早急に確認したいのです」
「私は世界樹を離れることができません」
「――その代わりにこちらを収めてください」
ナナセの目の前に、魔力を帯びた鉱石と枝が浮かび上がる。
「……こんなのもらっていいの?」
それが何か気づいたエトが声を上げる。
「ちょっと……」
「精霊鉱と世界樹の枝じゃないの……」
正体を聞き、グランリーも驚く。
「この量は、なかなか見ないぞ」
「……これを渡すのか」
「構いませんよ」
「――必ず必要になりますので」
冷静なままハルモニアに視線を戻すナナセ
「依頼が成功したら?」
少しだけ微笑む。
「判断が早いのは師匠譲りですか」
「その時は答えをお見せします」
「――なぜ港湾都市シドーに秘宝が眠っていたのかを」
ナナセの口角が上がる。
「――見せてくれるんだ」
「ここまで来てよかったよ」
「さて、そろそろ時間のようです」
「――名を与える子」
「根は繋がっています」
「お迎えが待っていますよ」
根の流路の先が白く輝きだす。
ナナセたちが目を細める。
ハルモニアが、光の先に行くように手を向ける。
「――期待していますよ、今までもこれからも」
ゲートのような輝きにナナセたちが足を踏み入れる。
「――きっと怒ってるだろうな」
相棒の待つ光の先へ――
【第五十四話へ続く】




