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【第五十一話】根を蝕むもの

〈世界樹内部・根の流路〉


星空が流れていた。


無数の星々が川のように巡っている。


淡い光。


精霊流。


それらが地表の根を脈打つように循環していた。


まるで――世界そのものの血流だった。


「……何度見ても、意味がわかんない景色だよねぇ」


ナナセが、巨大な根へ腰を下ろしながら呟く。


左肩から先は、包帯のような光の布が巻かれている。


エトがその断面へ手をかざす。


「……やっぱりダメね」


エトが眉をひそめる。


「普通の欠損じゃない」


「存在そのものが削れてる」


「私でも“戻せない”わ」


ナナセが苦笑した。


「いやぁ……エトたんならいけると思ったんだけどなぁ」


「だからその根拠のない信頼やめなさい!」


「あと、いい加減普通に呼びなさい!」


小さな流星のような光弾が、ナナセの額へ直撃した。


「痛っ」


「反省しなさい!」


「自分で左腕を切り落とす弟子なんて破門よ!」


「いや、あのままだと顔まで侵食――」


「だからって迷わず斬る!?」


エトが本気で怒鳴る。


だが。


その声の奥には、恐怖が混ざっていた。


ナナセは少しだけ目を細める。


「……ごめん」


エトが顔を逸らす。


「謝るくらいなら最初から無茶しないの」


「あと、ポラリスをもっと信用しなさい」


「あの子は特別な精霊なんだから」


「――だからこそだよ」


その時、背後から声がかけられる。


「――貴様らは騒がしいな」


「こっちの残滓は片付いたが……」


「なんなんだ、あれは……」


低い声が響く。


「――わからないわ」


「でも、最初の神焉砲の後から出てきたらしいわ」


「……神焉砲か」


「不気味なものを作りよって」


ナナセがジト目でグランリーを見て話しかける。


「――神焉砲作ったのは帝国軍だよ?」


「……」


「腐った組織だな」


グランリーが小さく鼻を鳴らす。


エトがグランリーを見る。


「……身体の具合はどう?」


「あなたも浸食の影響を受けている」


「ナナセほどじゃないから応急処置はしたけど」


グランリーが僅かに眉をひそめて、指先を見つめる。


「……崩れは収まった」


「貴様を簡単に信用はできんが、受けた恩は返す」


「素直じゃないわね」


「エトたんが言うの?」


エトの肘が、みぞおちに入り崩れ落ちるナナセ。


「――あなたは、そのまま崩れてなさい」


ナナセを見下ろしているエト。


そんなエトをみて苦笑いするグランリー。


「気の強い女だ」


「誉め言葉よね?」


「――エルフは皆そうなのよ」


その時だった。


――ドクン。


根の奥で、赤黒い光が脈打った。


三人の空気が変わる。


「……まだ残っていたのね」


エトの目が細まる。


星の流れ。


精霊流。


その中に、“異物”が混ざっていた。


赤黒い残滓が不完全な人型を形成していく。


輪郭が崩れ、頭部が揺れ、腕の長さは左右で異なっている。


――ノイズ混じりの呻き声が響く。


「……気持ち悪い」


エトが嫌悪感を隠さず呟く。


人影の手が根へ触れ――弾かれる。


だが。


表面が黒く染まりだす。


「ちょっと……侵食してるわよ!」


グランリーが目を細める。


「神焉砲の残滓か」


「いや……」


ナナセが首を振る。


「残りかすにしては大きいね」


次の瞬間。


黒い人影が消えた。


――ズァァァァッ!!


赤黒い腕が、ナナセへ伸びる。


「っ!」


風が吹く。


ナナセが半歩引き、回避する。


だが。


ナナセが立っていた足元の根が侵食され、崩れていく。


「触れるだけで侵食か」


グランリーが立ち上がる。


砂が舞う。


「なら、固定する」


大地が唸る。


砂塵が広がり、黒い人影を包み込む。


だが。


侵食が砂へ移る。


「ちっ……!」


砂が黒く染まり崩れていく。


「面倒な性質してるねぇ」


ナナセが右手を構える。


「なら、“流れ”を混ぜてみようか」


風が渦を巻く。


同時にエトが魔法を発動させる。


夜空が広がり、星が増えていく。


そして、エトの周囲に無数の光点が浮かび上がる。


それらが線で繋がっていき星座線を形成する。


「『宝瓶宮』」


巨大な水流が星座陣から放たれた。


水ではない。


――精霊の魔力を帯びた奔流。


黒い人影を、砂と水と風の渦が飲み込む。


「今よ!!」


「――あいかわらず、派手だねぇ!」


ナナセが渦を圧縮させる。


人影を拘束し、侵食を書き換える。


崩壊した領域を戻す。


だが。


黒い人影が笑った。


「――アァァァ」


渦が内部から崩壊し、ノイズ混じりの声が響く。


エトの顔色が変わる。


「……なんであの密度から抜け出せるのよ」


ナナセが指を鳴らし、人影に雷が落ちる。


だが、影を揺らしながらゆっくりと近づいてくる。


「表面を攻撃しても効果はないか」


「……さて、どうしようか」


「俺の砂は固めることはできたが、すぐに浸食されていたぞ」


「……内側から破裂させる?」


エトが二人の前に立つ。


「なら作戦は決まったわね」


「帝国の精霊使いが数秒だけ拘束しなさい」


「その間に――私が内側から破裂させる」


ナナセが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「……“あれ”するつもりなの?」


「僕、片手だしポラリスもいないんだけど」


「大丈夫よ」


「私の弟子でしょ」


「出番よ――シェルナ、ステラン」


光と共に、エトの周りに二体精霊が出現する――


【第五十二話へ続く】


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