【第四十八話】退けぬ者たち
〈世界樹外縁・西側戦線〉
砂塵が渦巻いていた。
視界を埋める土の粒子。
呼吸すら阻害する濃密な魔力。
その中心で、ナナセは静かに息を吐いた。
「……やっぱり、性格悪いよね」
周囲へ視線を向ける。
砂。
土。
鉱石。
大精霊の魔力で、一粒一粒へ意思が宿っている。
「……よそ見していていいのか?」
グランリーの身体が崩れた。
「っ――!?」
砂。
いや。
細かな鉱石粒子。
肉体そのものが、再構築されていく。
次の瞬間。
ナナセの真横から、巨大な拳が飛び出した。
――ゴォンッ!!
とっさに水壁を展開するも砕け散る。
衝撃とともにナナセが後方へ跳ぶ。
「近接までやるんだ」
「土は万能でな」
グランリーの拳が、巨大な黒鉄色へと変色していた。
鉱石化。
圧縮。
質量。
砂を経由しながら連撃を畳み込む。
「重っ……!」
一撃防ぐだけで、ナナセの足元が揺れる。
周囲一帯の流れそのものを、グランリーが握っていた。
岩槍が突き上がる。
だが。
手応えがない。
グランリーの目が細くなる。
「……やっかいだな」
ナナセの身体が霧へ変わった。
風が吹く。
水流が走る。
岩槍の隙間を縫うように滑り抜ける。
砂粒へ水分が絡みつく。
泥となり、重量が増加していく。
砂の流れが鈍りだす。
「……流体化か」
「濡らせば固まるかなって」
「その程度で固まるものか」
次の瞬間。
グランリーの周囲へ鉱石が集まり始める。
砂が硬化。
結晶化。
黒鉄の鎧のように再構築される。
「うへぇ……」
「それ反則じゃない?」
「貴様に言われたくないな」
グランリーの拳が振り抜かれる。
轟音。
ナナセは風で軌道を逸らす。
地を逸らすグランリー。
風を操るナナセ。
グランリーが低く呟いた。
「防ぐばかりじゃないだろ?」
ナナセが口角を上げる。
「なら――」
ナナセが剣を天に突き上げる。
同時に、ナナセの剣に風の魔力が渦となって集まりだす。
「……何をする気か知らんが、ここは俺の領域だぞ」
岩石の魔弾がナナセに向かい襲い掛かる。
『邪魔』
ポラリスにより霧散していく。
『あなただけの領域じゃないから』
『……お返し』
無数の砂塵の魔刃が、グランリーに襲い掛かる。
「……避けきれんが問題ない」
次の瞬間。
グランリーの体が砂となり魔刃が通過していく。
「――これぐらいで十分だね」
風の魔力が巨大な渦となって剣にまとわりついている。
そのまま地面に突き刺すナナセ。
風が砂嵐と逆回転で吹き上がる。
――サァァァ……
砂の壁が霧散し、砂塵が晴れていく。
グランリーの目が細まった。
「バケモノめ」
「あの魔力量でも消し去るのか……」
「森の風を借りただけだよ」
「それに砂漠ならまだしも、森で好き勝手はやらせないよ」
「――まだ終わらんよ!」
砂塵の魔刃を発動し、斧もナナセに向かって投擲する。
魔法壁で魔刃を防ぐが斧がすり抜けて襲い掛かる。
半身をずらして斧を避けるが、ナナセの背後に砂嵐が起こる。
砂嵐が人型に変わっていく。
「――もらった!!」
体を砂に変えていたグランリーが砂嵐から出現し、斧を掴む。
斧がナナセの体を両断する。
「……くそっ……またか」
ナナセが砂になって崩れていく。
グランリーの足元からナナセが出現し右手を構える。
――バチバチバチバチ
グランリーの体内を電気が走る。
「このぐらいの電気で何が――」
「砂になれないでしょ」
「磁場を発生させたからしばらく砂化はできないよ」
「電気なら地面に逃がせばいいだけだろ」
「無理だよ」
「体内に磁場が循環しているんだから」
二人の視線が交差する。
「――妙な男だ」
「王国に置いておくには惜しいな」
ナナセは苦笑した。
「それ、お互い様じゃない?」
ナナセが苦笑する。
「帝国軍人のくせに、世界樹を気にしすぎじゃない?」
「砂嵐に閉じ込めたのも、外に影響が出ないためでしょ」
グランリーは答えない。
ただ、燃えてしまった森に目を向ける。
「壊せば終わりだ」
低い声。
「国も、人も、土地もな」
ナナセの目が僅かに細まる。
その瞬間だった。
――ゾワッ。
森が震えた。
小精霊たちが、一斉に怯える。
ポラリスが息を呑んだ。
『……ナナセ』
同時に。
グランリーの表情が変わる。
大地、風――世界が悲鳴を上げていた。
二人が同じ方角を見る。
――帝国軍後方の戦闘指揮所。
赤い光が輝いている。
膨大な魔力が一点へ収束していた。
ナナセの顔色が変わる。
「……嘘でしょ」
「何この出力……!」
グランリーが舌打ちする。
「エフレモの馬鹿が」
「――変なのを勝手に取り寄せていたな」
〈帝国軍後方陣地〉
巨大な砲身が、世界樹へ向けられていた。
動力部には“新型の器”が装填されていた。
脈打つ肉塊のような“器”。
兵士たちの顔が青ざめる。
「エ、エフレモ様……!」
「こんなものを本当に撃つのですか!?」
「それに、将軍閣下がまだ前線に――」
エフレモが嗤った。
「だから何だ?」
その目には、何の感情もない。
「世界樹を落とせば、帝国の勝利は決定する」
「グランリー将軍一人と引き換えなら安いものだろう?」
「それに、あんな臆病者ならすでに砂になって逃げてるだろう」
兵士が絶句する。
“器”が脈打つ。
――ドクン。
砲身へ赤い光が走った。
空気が震える。
精霊たちの悲鳴が、森全体へ響き渡る。
〈西側戦線〉
ナナセが歯を食いしばる。
「まずいね……!」
「あれは防がないと!」
グランリーが空を睨む。
「いや、前の砲とは違う……」
「結界そのものを侵食するぞ」
「そして――世界樹まで届く」
その一言で。
戦場の空気が凍った。
後方で救援と捕縛をしていたオボロが駆け込んでくる。
「ナナセ様!!」
だが。
ナナセは空を見たまま動かない。
グランリーも同じだった。
二人とも、理解していた。
ここで退けば終わる。
神焉砲。
その射線上には。
オボロたち。
結界。
そして、世界樹がある。
帝国兵が叫ぶ。
「将軍!!退避を!!」
グランリーが怒鳴った。
「黙れ!!」
その声に、兵士たちが凍りつく。
「退けば終わる」
ナナセが、小さく息を吐いた。
「……だよねぇ」
困ったような笑み。
だが。
その目は、もう覚悟を決めていた。
グランリーが斧を握り直す。
「小僧」
「……なに?」
「――何としても守りきるぞ」
ナナセが目を開く。
次の瞬間。
空が、赤く裂けた――
〈帝国軍後方陣地〉
エフレモが、恍惚とした表情で両手を広げる。
「神焉砲――」
赤光が膨れ上がる。
世界そのものが軋む。
「発射」
赤い閃光が、世界樹へ放たれた――
【第四十九話へ続く】




