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【第四十七話】折れた剣

〈世界樹外縁・北西結界域・前線域〉


――キィィン!!


火花が散った。


サツキの双剣が、左右からキショウへ迫る。


一撃目。


二撃目。


遅れて放たれる魔弾。


さらに、足元へ氷が走る。


剣、魔法、時間差――


その全てを重ねた連撃。


だが。


キショウは、拾った剣一本で受けていた。


「悪くはない」


淡々とした声。


「だが、軽い」


――キィン!!


サツキの右手の剣が弾かれる。


腕が痺れた。


「っ……!」


「発想は面白いし引き出しも多い……」


キショウの金色の瞳が、静かにサツキを見る。


「だが、どちらも中途半端だ」


その言葉に、サツキの眉が動いた。


「……言ってくれるじゃない」


踏み込む。


怒りで速度が上がる。


銀髪が揺れ、双剣が交差する。


だが。


キショウは半歩下がるだけだった。


刃が空を切る。


「怒りで速くなる剣は読みやすい」


直後。


柄頭がサツキの肩へ叩き込まれた。


「ぐっ……!」


体勢が崩れる。


そこへ、ヒナノが飛び込んだ。


「サツキから離れて!!」


大剣が炎をまとい、振り下ろされる。


轟音。


地面が割れた。


だが。


キショウは、剣の腹で大剣の軌道を逸らしていた。


ほんの僅か。


それだけで、ヒナノの一撃は地面へ落ちる。


「力はある」


キショウが呟く。


「だが、力を活かせていない」


「っ……!」


「剣に遠慮しているうちは三流以下だな」


キショウの足が動く。


ヒナノの大剣の内側へ、容易く踏み込んでいた。


「その膂力で、ねじ伏せろ」


掌底を叩き込む。


ヒナノの腹部へ衝撃が走った。


「かはっ……!」


ヒナノの身体が後方へ吹き飛ぶ。


木の幹に背中を打ちつけ、膝をついた。


「ヒナノ!」


「大丈夫……!」


ヒナノは震える手で、大剣を支えに立ち上がる。


だが、息が荒い。


フォレッソが叫んだ。


「囲め!」


エルフ剣士たちが動く。


左右、背後、上方の枝……


風刃と雷撃が同時に走った。


だが。


キショウの表情は変わらない。


「貴様ら長命種は、長生き過ぎて必死さが足らん」


一閃。


風刃が裂けた。


二閃。


雷撃が逸れる。


三閃。


根が切断される。


さらに、踏み込み。


エルフ剣士の剣が弾かれた。


「数で攻めるなら、呼吸まで合わせろ」


キショウの剣が、エルフ剣の首筋の寸前で止まる。


「でなければ、ただ順番に斬られるだけだ」


静かだった。


圧倒的なのに、荒さがない。


殺気はある。


だが、無駄がない。


まるで。


戦場そのものが、キショウの稽古場になっていた。


「くそっ……!」


フォレッソが歯を食いしばる。


「こいつ、本当に人間か……!」


サツキは肩で息をしながら、双剣を構え直した。


指先の感覚が鈍い。


腕が重い。


それでも。


目は逸らさなかった。


キショウが、僅かに目を細める。


「……そういえば、貴様らは剣聖だったな」


「……だったら何」


「その年齢で剣聖になったのだ」


「血がにじむような努力をしたのだろう……」


「――所詮は教本通りの剣に、少し毛が生えた程度だがな」


その一言が。


サツキの胸を刺した。


「っ……!」


「王国で好まれている剣派は悪くない」


「基本に忠実で、万人を平均的に上達させる」


「組織としては平均値が高まるだろうな」


キショウが剣を下ろす。


「――だが、世界は広い」


静かだが、その言葉だけが妙に重かった。


「剣に取りつかれた鬼たちが生きる島がある」


「国を捨てた剣士が集まる隠れ里がある」


「海の向こうには海の向こう独自の剣派がある」


サツキもヒナノも、フォレッソたちも動けなかった。


「剣とは国で学ぶものではない」


「土地、文化、歴史、思想、信仰――生き方で変わる」


「どう生きたいのか、何を斬りたいのか」


キショウの視線が、サツキへ戻る。


「貴様らは、まだ剣を知らん」


「今握っている剣ですら、ものにできていないのだ」


沈黙。


燃える森の音だけが響いていた。


ヒナノが、震える足で立ち上がる。


「……だったら」


大剣を構える。


「今ここで、少しでも覚えるしかないでしょ!」


ヒナノが駆ける。


大剣を振り下ろす。


キショウが半身だけ下げる。


「……勉強せんな」


だが。


大剣が伸びてくる。


目を開き、剣で大剣を抑えながらヒナノを見る。


ヒナノが右手の指先だけで柄を掴んでいた。


「――力技が過ぎる……だが悪くなない」


「魔力が残っていたら、ねじ伏せられていたのにな」


地面を蹴り、肩から体当たりをする。


ヒナノが吹き飛ぶが、その後ろから碧色の氷翼が襲い掛かる。


「『碧刃:霊鳥』」


サツキの渾身の一撃が羽ばたく。


「ほう……美しいな」


キショウの声が、僅かに変わった。


だが。


届かない。


キショウが、剣を構え両断する。


「美しい」


「だが剣術ではない――ただの芸術だ」


目の前で起きた事実に衝撃を受けるサツキとヒナノ。


「……嘘」


その隙に、キショウがサツキに詰め寄る。


「敬意と期待を込めて、“剣術”を見せてやろう」


「サツキ!!」


ヒナノが叫ぶが、キショウは自身の長太刀に手をかける。


「居合:新月」


長太刀に手をかけたままサツキを通り過ぎていく。


何が起きたかわからないサツキが、キショウを振り返る。


「まだまだ未熟な故――」


次の瞬間。


サツキの剣が砕け、銀色の破片がサツキの周りに散る。


遅れて。


――スッ。


サツキの頬から、赤い線が走った。


「……え」


一拍遅れて血が滲む。


浅い。


だが。


“斬られた”と理解するには十分だった。


そのまま膝から崩れる。


肺から空気が抜け、指が震える。


手の中には、折れた柄だけが残っていた。


サツキの視界が揺れる。


顎が震え、声にならない感情が溢れてくる。


悔しさ。


痛み。


恐怖。


それ以上に。


届かなかった事実が、胸の奥へ深く刺さった。


――抜いたのが見えなかった。


――斬られたのもわからなかった。


ただ。


剣だけが折れていた。


倒れたサツキを見下ろすキショウ。


「――剣は折れた」


静かな声。


「だが、目は折れていないだろ」


サツキは、歯を食いしばった。


震える腕で、身体を起こそうとする。


立てない。


それでも、睨み返す。


キショウの金色の瞳が、僅かに細まった。


「やはり、悪くない」


「二人とも今殺すには惜しい」


フォレッソが血を流しながら間に入り、剣を構える。


「……貴様」


「なぜ殺さない」


キショウは答えなかった。


ただ、拾っていた剣を地面へ落とす。


「エルフにも立つ者がいたか……」


「だが、稽古は終わりだ」


その時だった。


――ゴォォォォォ……。


空気が震えた。


戦場の音が、また遠くなる。


だが今度は、キショウの殺気ではない。


もっと巨大で。


もっと不吉なもの。


結界の奥。


世界樹の上空。


空が、赤く染まり始めていた。


「……なに、あれ」


ヒナノが、かすれた声で呟く。


結界膜が軋む。


精霊たちが一斉に震えた。


森全体が、怯えるようにざわめく。


キショウの表情が、僅かに険しくなる。


「……エフレモか」


低い声。


そこには、先ほどまでの余裕とは違う響きがあった。


「精霊を愛せられぬ愚か者め」


赤い光が、さらに強くなる。


世界樹の結界が、悲鳴のような音を立てた。


サツキは、折れた剣の柄を握ったまま、空を見上げる。


「――ナナセ」


嫌な予感がした。


そして。


遠く西側戦線から、膨大な魔力の奔流が立ち上がった――


【第四十八話へ続く】


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