【第四十五話】剣帝“月斬りのキショウ”
〈世界樹外縁・北西結界域・前線域〉
「おいっ!来るぞ!」
エルフの剣士が、キショウを見ていたサツキとヒナノに声をかける。
蜘蛛型異形剣士がサツキたちに迫る。
「……ちっ!」
「こんなやつ構ってる場合じゃないのに!」
複眼が不気味に光る。
瞬間、蜘蛛型異形剣士が消えた。
――ギィィン!!
サツキの双剣が咄嗟に斬撃を受け止める。
一撃ごとに腕が痺れる。
さらに背後から別個体がヒナノへ迫っていた。
「ヒナノ!!」
「分かってる!!」
大剣が振り抜かれる。
だが。
蜘蛛型異形剣士は複数の刀腕で受け流した。
――ギィィィン!!
「っ……!」
ヒナノの身体が押し返される。
「一体だけなら、サツキとなんとかできるのに……」
その時だった。
ヒナノに向かってエルフ剣士たちが叫ぶ。
「こっちで気を引く!」
蜘蛛型異形剣士に刃が振り下ろされる。
――キィィン!!
難なく受け止める蜘蛛型異形剣士。
だが、エルフ剣士は口から砂を吹き出す。
砂が目に入り後ずさりする蜘蛛型異形兵。
その隙に、一人のエルフ剣士が蜘蛛型異形剣士の片足を切り落とす。
「今だ!やれ!!」
「はぁぁぁあ!!」
体勢を崩すした隙に、ヒナノの大剣が炎をまとい両断する。
そのままサツキ側に駆け出すヒナノ。
「サツキ!!足を止めるね!!」
ヒナノの声を聞いて、対峙していた蜘蛛型異形兵から距離を取る。
サツキを追う蜘蛛型異形兵の足元に、底なし沼が形成される。
足を取られた隙に、サツキが跳躍し距離を詰める。
「これで決める!!」
すれ違いざまに首を落とす。
サツキとヒナノとエルフの剣士が集まる。
エルフの剣士の一人がサツキたちに声をかける。
「フォレッソだ、ここの神官長を務めてる」
「助かったが……大丈夫か?」
「はぁ、はぁ……こっちこそ、さっきはありがとう」
「ヒナノ?大技使ってたけどまだいけるわよね?」
肩で息をしてるサツキとヒナノ。
「まだ大丈夫」
「サツキだって同じでしょ?」
だが。
サツキたちの前に、エルフ剣士が吹き飛ばされてくる。
「大丈夫か!」
フォレッソがエルフ剣士に近寄る。
そこに大型の蜘蛛型異形剣士が現れる。
「……まだいたのね」
「……大きいとかやめてよ」
サツキとヒナノが剣を構えなおす。
蜘蛛型異形剣士の姿が消える。
「来るわよ!!」
サツキが叫ぶ。
直後。
――ギャギィィン!!
火花が散る。
斬撃が止まらない。
サツキの頬を浅く裂く刃。
ヒナノも大剣で受けながら後退する。
速い。
しかも――複数の刀腕が連携している。
目の前の羽虫を潰すように。
「パワーが違いすぎる……!」
ヒナノが歯を食いしばる。
フォレッソたちも加勢へ入る。
だが。
蜘蛛形異形剣士は、次々と刀腕で受け流していく。
「くっ……!」
一人のエルフ剣士が斬り飛ばされた。
その手から、剣が転がる。
そして。
――戦場の音が、遠くなった。
結界の外。
白い軍装の男が、すぐそこにいた。
――キショウ。
男は静かに前線へ歩いてくる。
「期待していたが……」
「こんなのに苦戦するとはな」
サツキの背筋を、冷たい汗が流れる。
――分かってしまう。
格が違うと。
ヒナノからも笑みが消えていた。
「やっぱり剣帝“月斬りのキショウ”だよね……」
「剣帝だと……」
フォレッソの顔色が変わる。
サツキが小さく舌打ちする。
「剣神、剣帝、剣王、剣聖……」
「“帝級”より上は化け物しかいないわ」
フォレッソが目を開く。
「エルフでも、“剣帝”まで届く者なんて滅多にいないぞ……」
ヒナノが乾いた笑みを浮かべる。
「なんで剣帝が前線にいるのよ」
キショウは答えない。
ただ。
足元へ転がったエルフ剣士の剣を拾った。
サツキの目が細くなる。
「……その剣、使う気?」
キショウが初めて口を開く。
「剣を選ぶのは三流だ」
低い声。
感情の薄い声音。
キショウが静かに剣を構える。
「到達した剣士は、何を持っても斬る」
その瞬間。
――キィン。
一閃。
次の瞬間。
異形剣士の上半身が、静かに滑り落ちた。
血飛沫すら遅れて舞う。
キショウが、無表情のまま剣を払った。
「このようにな」
空気が凍る。
エルフ剣士たちが息を呑む。
サツキもヒナノも動けなかった。
速すぎて、見えなかった。
「構えろ」
静かな声。
「……は?」
「せっかく生き残っているんだ」
「それに、貴様らに興味が湧いた」
キショウが一歩踏み込む。
その瞬間。
殺気が爆発した。
――ゾワッ。
サツキの本能が叫ぶ。
“死ぬ”
今の一歩だけで。
ヒナノも反射的に大剣を構えていた。
キショウは静かに剣を下ろす。
「では、“稽古”を始めようか」
次の瞬間。
――キィンッ!!
サツキの双剣が弾かれる。
「っ!?」
「軽いな」
さらに。
ヒナノが大剣を振り抜く。
轟音。
だが。
キショウは半歩だけ動く。
それだけで軌道を外していた。
「素直すぎる……」
「振り抜く前に読めるぞ」
直後。
柄頭がヒナノの腹へ叩き込まれる。
「がっ……!?」
吹き飛ぶヒナノ。
地面を転がる。
「ふむ、今のでも剣を離さないのは褒めてやらんとな」
「――それと、助けに行かずに敵に踏み込んだ姿勢もな」
サツキが踏み込んでいたが、わかっていたかのように対処される。
魔弾と魔法をまとった剣撃。
一人時間差攻撃。
だが。
全部、流される。
――キィン、キィン、キィィン!!
「発想は面白いが、どちらも中途半端だな」
キショウの剣が、サツキの首元で止まった。
一歩。
あと一歩踏み込まれていたら終わっていた。
サツキの額から汗が流れる。
――怖い。
だが。
双剣を下げる気にはならなかった。
キショウの金色の瞳が、僅かに細まる。
「……悪くない」
サツキから距離を取るキショウ。
さっきまでキショウがいた足元に、底なし沼が広がる。
「……こちらも悪くない」
キショウが静かに剣を構える。
「まだ動けるだろ」
「なら、続けるぞ――」
〈世界樹外縁・北西結界域〉
――ドォォォォン!!
結界が激しく揺れる。
ブレルの怒号。
「次は西側か!?」
「第四神官隊はどうなってる!!」
「ダメです!!応答ありません!!」
「こちらから援軍を――」
「問題ありません、ブレル殿」
ブレルのもとにオボロが現れる。
「ナナセ様よりこちらで対応するから、救援部隊だけ回してほしい
とのことです」
「私が救援部隊を率いますので、部下をお貸し頂けないでしょうか」
「……一人として欠けて返すなよ?」
「ありがとうございます」
〈西側戦線〉
炎。
崩れた結界。
進軍する帝国兵。
その中央。
巨大な斧を背負った男が立っていた。
左肩には深い火傷痕。
帝国軍将軍――グランリー。
彼は、燃える森を静かに見つめていた。
「……考えなしに砲を撃ちよって」
低い声。
だが。
次の瞬間。
前方の風が変わる。
藍色の髪。
軽薄そうな笑み。
その目だけが、静かに冷えていた。
グランリーの目が細くなる。
「その服装、王国の騎士団だな」
グランリーの視線が、ナナセの外套をなぞる。
「その歳で支部長とはな」
「王国も人手不足と言いたいが……」
「――なかなかの実力者のようだな」
グランリーは燃える森を一瞥する。
「世界樹の実を差し出すなら、これ以上の被害は避けられる」
「世界樹を焼き払うつもりで来たわけではない」
ナナセは苦笑した。
「説得力無いよね……」
「森を燃やした後に、そんなこと言われても困るんだけど?」
「それに……」
ナナセの視線が、燃える木々へ向く。
逃げ惑う小精霊。
崩れた結界柱。
「――もう十分、傷ついてる」
「精霊も、森も、人もね」
二人の視線が交差する。
その瞬間。
戦場の空気が、静かに張り詰めた――
【第四十六話へ続く】




