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【第四十三話】侵入者たち

〈世界樹外縁・防衛結界域〉


警鐘が響いていた。


森へ危機を知らせる鈴。


結界柱を伝う、淡い警戒光。


ナナセたちは世界樹最深部から外縁へ戻っていた。


森の空気が荒れている。


先ほどまで感じていた静かな流れが、今は乱流のように渦巻いていた。


小精霊たちも怯えている。


光を縮めるように、木陰へ隠れていた。


「……結界が揺れてる」


サツキが顔を上げる。


森の上空。


淡い緑色だった外縁結界が、一部だけ黒く濁っていた。


完全には破られていない。


だが。


無理やり押し広げられている。


そんな感覚だった。


ロゼが険しい顔で前を見る。


「侵入口は北西外縁!」


「結界流の薄い箇所を狙われています!」


ブレルが低く命令を飛ばす。


「第三・第五神官隊は結界維持!」


「近衛隊は侵入個体を森へ入れるな!」


周囲のエルフたちが一斉に動き出す。


白銀の装束、長杖、双剣、槍……


弓だけではない。


森と共に戦う戦士たち。


長命種ゆえに積み重ねた技量。


その動きには、一切の無駄がなかった。


サツキが目を細める。


「……強いわね」


「コンステラは戦闘国家ではありません」


ロゼが走りながら答える。


「ですが、“森を守る技術”を何十年、何百年も積み重ね続けています」


「剣聖にも劣りませんよ」


その時だった。


前方の木々が揺れた。


次の瞬間。


――ギャァァアアアア!!


異形が飛び出す。


人間だった。


だが、人間ではない。


片腕が巨大な獣脚へ変異しているモノ。


背中から虫の脚のようなものが生えているモノ。


口からは紫色の涎。


目は焦点が合っていない。


ヒナノが顔をしかめる。


「……なに、あれ」


ロゼの表情が険しくなる。


「帝国の実験体……」


「異形兵です!」


さらに。


木々の奥から複数体。


獣型。


虫型。


人間と何かを無理やり混ぜた存在。


身体には黒い魔力線が浮かんでいて、不自然な精霊流が漏れていた。


ナナセの目から、感情が消える。


「……最低だね」


異形兵が咆哮を上げた。


次の瞬間。


地面を砕きながら突進する。


「ヒナノ!」


「分かってる!!」


ヒナノが前へ飛び出した。


大剣が振り抜かれる。


――轟ッ!!


一撃。


異形兵の上半身が吹き飛んだ。


続けてサツキが木々を蹴る。


銀髪が閃く。


双剣が交差した瞬間。


二体目の首が宙を舞った。


速い。


あまりに速い。


エルフの近衛ですら、一瞬遅れて目で追う。


「っ、まだ来る!」


オボロの短刀が闇へ消える。


直後。


木陰から飛び出そうとしていた異形兵の喉へ刃が突き刺さった。


「さらに後方に、団体さんです」


「任せて」


ナナセが片手を上げる。


魔法陣すら展開しない。


空間へ走る七色の魔力線。


瞬間。


異形兵たちの身体内部で魔力流が暴走した。


――バギィッ!!


内側から崩壊する。


ロゼが目を見開いた。


「内部術式を……!?」


「精霊流が無理やり繋がれてるだけだね」


ナナセは淡々と答える。


「繋ぎ目を崩せば、自壊するよ」


異形兵が倒れる。


だが。


その断末魔は獣の声ではなかった。


「……た、す……」


ヒナノの動きが止まる。


異形兵の口から、人間の声が漏れていた。


サツキの目が細くなる。


苦しそうだった。


壊れた身体。


崩壊する魔力。


無理やり繋ぎ止められた命。


その身体から、小さな光が漏れる。


精霊。


だが。


光はすぐに黒く濁り、霧散した。


ロゼが唇を噛む。


「こんな……」


ブレルの表情も険しい。


「精霊をここまで侮辱するか」


ナナセは倒れた異形兵を見下ろしていた。


静かに。


感情を押し殺すように。


「……利用してるんじゃない」


「壊してるね」


その声には、怒気が滲んでいた。


その時だった。


森の奥で爆音が響く。


――ドォォォン!!


結界柱の一つが激しく明滅する。


神官の声。


悲鳴。


「北西結界柱、負荷上昇!」


「侵入数増加しています!」


ブレルが即座に振り返る。


「ロゼ!」


「結界支援へ回れ!」


「ですが――」


「今は結界が優先だ!」


ロゼは悔しそうに頷き、神官隊へ走った。


その背中を見送るナナセたち。


――不意に悪寒が走り、ナナセが叫ぶ。


「下からくるよ!」


足元の地面が盛り上がり、大蛇が口を開けながら突き上げてくる。


大蛇と対峙するナナセたち。


ヒナノが大剣を構えなおす。


「……大きいね」


その鱗の隙間には、異形兵と同じ黒い魔力線が走っていた。


ナナセが目を細める。


「これも実験体?」


不意に大蛇が景色と同化を始める。


その巨体が、森の色へ溶け込むように透明化していった。


サツキが目を細めた。


「……擬態?」


「蛇ってこんなことできたっけ?」


ヒナノが苦笑する。


ブレルを見た後に、オボロに指示を出すナナセ。


「オボロはブレルさんの護衛に回って」


「承知しました」


三人で背中を合わせる。


サツキが口角を上げる。


「いつぶりかしら?」


「……嬉しいのはいいけど警戒してよ?」


「わかってるわよ」


ヒナノも嬉しそうにしながらナナセに声をかける。


「……で?どうするの?」


「見えなくなっちゃったよ?」


「……目がだめなら耳だよ」


「耳塞いでおいてね」


指を咥えるナナセ。


次の瞬間。


――ピィィィィ!!


耳鳴りのような高音が響き渡る。


「……見つけた」


ナナセが指を鳴らす。


瞬間。


地面が隆起した。


――ゴギィッ!!


無数の岩針が大蛇の胴体を下から貫く。


透明化していた巨体が、空中で無理やり姿を晒した。


「……相変わらず手が早いね」


大蛇が姿を晒した瞬間には、もう二人は動いていた。


サツキが踏み込む。


銀閃。


双剣が蛇の首元を斬り抜けた瞬間、白い冷気が爆ぜる。


――パキィィッ!!


首元から一気に氷結が広がった。


大蛇が咆哮を上げる。


だが。


既にヒナノが頭上へ飛んでいる。


「――遅いよっ!!」


振り下ろされた大剣が、氷結した首を真正面から叩き砕いた。


轟音。


砕け散る氷。


宙を舞う巨大な頭部。


――そして。


遅れて、大蛇の血が地面へ降り注いだ。


「これ、前座よね」


ナナセが頷く。


「うん」


「本命はまだ来てない」


「でも、中は片付いたね」


――森の外。


さらに奥。


重い振動音が響いている。


軍勢。


魔導兵器。


侵攻本隊。


ヒナノが大剣を握り直す。


「じゃあ、ここからが本番かぁ」


オボロが静かに周囲を警戒していた。


「……来ます」


次の瞬間。


結界の外側。


巨大な火球が炸裂した。


森全体が震える。


エルフたちが一斉に空を見上げた。


結界越しに見える。


帝国軍。


黒い軍旗。


魔導兵器。


そして。


森を埋め尽くすほどの兵士たち。


「主力部隊だ」


ブレルが低く呟く。


その目が鋭く細められている。


世界樹の葉が震えた。


森の風が、低く唸る。


侵攻が始まる。


コンステラを巡る、本当の戦いが――


【第四十四話へ続く】


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